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Counter the Amenthes - Truth of Shadow  作者: 霧上
前編 - Dusk
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Pyrolysis 「熱情」

「始め」

ラファエルの合図を皮切りに、組まれたペア同士で格闘戦が行われた。鬱蒼と茂る熱帯の木々を切り開いて作られた訓練場の外側には、沙羅樹(フタバガキの一種)を始めとした高温を得手とする深緑の木々が群生している。だが、欧米人がの割合が多い連合軍の兵にとって、その熱と湿度を含む空気は大いに不快だった。陸軍の戦闘服は顔以外の露出はしない。布地は通気性にも耐久性にも優れているが、近年の異常気象を完璧に防げるわけではない。中将は人にダメージを与える熱の管理も慎重に行っていた。熱力学温度の問題だけではない。とりわけ熱くなりやすい「奴」がそこにはいたのだ。

「大尉ーッ!」

「俺が容赦するとどこで言った!」

悲運にも初戦からマリアーンと当たった兵士は開始数十秒で決着がついていた。彼の首に模擬刀をつきつけたマリアーンの目は、ぎらぎらと燃えていた。ラファエルが昇級のチャンスをちらつかせたのは、そうでもしないと部下たちが奮い立たないからなのだ。マリアーンは、本気だ。中将も彼のために、本気で戦えと指示をさせた。これは楽しいピクニックなんかじゃない、明確な目標を持った仕事だ。部下が使えなくなる前に、立て直さなければ「世界的な責任」を問われる。それ以上に「影」を仕留めなくては人民の危機に繋がる。アナスタシアを昇級という名目で異動させたのも、(マリアーンだけでは力不足という状況もあるが)彼の責務を全うするための判断なのだ。昨晩の飲食店の件は、彼の計算外であったようだが。

「見とれた、では話にならないのよ」

アナスタシアと手合わせをした者もまた、一瞬でとどめを刺されていた。誰も上に立つ者の強さ、覚悟を決めた者の強さには太刀打ちできなかった。トーナメントの体をとったのも最終的に、中尉と大尉を戦わせて兵たちの士気を上げ、戦っている本人たちにも自信をつけさせたいという表に出さないラファエルの思惑があった。兵士たちがそれを感じ取ったかどうかはわからないが、彼らもまたマリアーンとアナスタシアのどちらが勝つのかを決める賭けの準備をしていた。ラファエルもそれを制止する気はなく、やんわりと最大ベットをせいぜい20ドルにしておけと釘を差す程度だった。


当然の流れといえばそれまでなのだが、「親善試合」の決勝戦はマリアーン大尉とアナスタシア中尉の勝負であった。八百長はない。彼ら彼女には背負った憎悪が、信念が大きかった。それだけだ。

「俺は中尉の勝つところが見てえな!」

「堅実に俺は大尉に賭ける」

戦闘服を着込み、緑のスカーフをゆるく巻いた兵たちは各自煙草を嗜んだり水を飲みながらその試合を見守っていた。日はまだ高く登っていた。


「せいぜい"楽しめ"よお前ら……?始めッ!」

苦笑いしながら試合開始を伝えるラファエルと、沸き立つ観客。2人は地面を蹴り、疾速に草原を駆けた。目掛けるは相手の喉笛、マリアーンに「策」はない。策を考える瞬間に隙が生まれると考えていたためだ。アナスタシアは横に逸れながらナイフを薙ぐ。しかし彼は低姿勢になって躱し、前転から跳ね上がって体勢を整える。彼女は蹴りを入れようとしたが、反応が速い。彼は反射で戦っている。本能よりもさらに低い次元で、髄ですべてを見切っている。彼女は恐怖や羨望よりもある感情を抱いた。彼がここまで強くなった理由に対する好奇心だ。

「貴方をそこまで奮い立たせるのは何?」

彼女は笑みを隠すことなくマリアーンに尋ねた。マリアーンは、その不気味さに顔をしかめつつ攻撃を続けた。

「復讐……と、奪還。」

「どちらが正義だか分からないセリフ。シャレにならないわね」

攻撃を避けながらも、その憎しみを理解するアナスタシア。本心で腕が揺らいだ隙に仕留める算段でもあった。だが彼の攻めに揺らぎはない。一方彼女は宙返りで距離を取り、言葉を続けた。

「でも、少しだけ貴方の辛さがわかる。」

「同情か」

マリアーンのひと振り、彼女は負ける覚悟でつぶやく。

「イェスともノーとも言えない。ただ貴方は悲しそうな顔をしているって、思ったの」

彼は息を呑んだ。模擬刀の動きが止まる。とどめを、刺せない。好機、彼女はすかさず彼の手首を叩き、ナイフを落とすと押し倒し首に模擬刀を突きつけようとしたが手を掴まれる。審判役の兵も急いで覗き込む。観客の歓声が上がる。だが、マリアーンは諦めるどころか、戦えることを喜んでいた。

「そりゃな、美人を傷つけるのには抵抗があるからな」

「お世辞は、伝わらないわ」

彼は抵抗を続けた。そして、僅かに頬を緩めた。

「いいや、本気だ。本気で戦えって閣下も言ってただろ?」

「何のジョーク?」

アナスタシアが目を見開く。手が止まる。

「冗談なんかじゃねえよ。はっきり言う、」

それまでの俊敏な戦いから一変、時がゆっくりと流れた。マリアーンは真剣な眼差しで言葉を続けた。

「一目惚れした。別に信じなくたっていい、だがお前に俺は惚れたんだ。」

息を飲むアナスタシアの隙をつき、マリアーンは力の差でぐいと手を跳ね除け、彼女のナイフを奪った。卑怯な手を使ってねじ伏せることにブーイングをつける奴もいれば戦争で情に流されたほうが悪いと言う外野もいる。いずれにせよ決着はつきそうだった。過去形なのは言うまでもない。アメンテスが拠点を携える今日においてインドシナ半島が平和な親善試合をずっと楽しめるほど治安は良いはずがなかった。中将は受信機からの翻訳された信号を受信、試合の制止と命令を下した。

「数名のアメンテス所属のテロ犯罪者を確認……場所はヴィン(ベトナムの都市)。奴らの目的は間違いなく自爆テロ、阻止しろ!」

先ほどのへらへらした雰囲気から一変、彼は真剣な顔つきで各部隊に指示を送る。

「決着と告白は後だ、お前ら」


本隊――マリアーンとアナスタシア、そして彼らの部下達を連れた10数人の部隊――が到着した頃には、すでに通りは閉鎖されていて、警備にあたる警察や軍隊が周囲を見張っていた。空きビルや鉄骨で構築された灰色のジャングルに、テロリストは潜んでいたのだ。

「中将、指示を」

アナスタシアは周囲の警戒を怠らずに軍用無線のマイクロフォンに向かって発声した。ラファエルが指示を送る。

「分かっているとは思うが、彼らの情報は曖昧だ。AIを用いて推測したルートが複数確認できると思う。どの状況にも対応できるように、手分けして……」

突然の銃声、奇声。相手の方が早かった。「時限爆弾」が動き出す。時間がない。

「閣下」

「何だ」

マリアーンは即急に応答する中将に、ただ一つだけを訊いた。

「『影』は、いますか」

「今回は確認できなかった」

大尉は答えなかった。レーザー式アサルトライフルを構え、銃声の元へと進んだ。

「待てないの?指示がないのに」

「待てる人間に見えるか?」

華麗、という言葉を戦場で使うべきかどうかは分からない。だがその形容詞が何よりも的確だった。彼はテロリストの下っ端を数人射殺していた。

「彼女が嫌がっているぞ、マリアーン」

ラファエルの軽口を適当にいなすと、壁に隠れながらも銃撃戦を繰り広げた。

「……怖いなら動かなくても構わないぞ?」

「怖いのは貴方のほうじゃない?」

どうして、というマリアーンにアナスタシアは笑う。

「私の前で変なとこ見せられなくて焦ってるんでしょう?」

舌打ちをしたマリアーンは物陰に隠れつつも応戦した。アナスタシアも棒立ちではない。レーザーで牽制しながら間合いを詰めていく。相手が手榴弾を投げつけてきたが、彼女は飛び込んできたそれを難なく蹴り返す。爆風に逃げ惑う敵を2人は狩人の如く追従した。だが窮鼠は猫を噛むものだ。一人の馬鹿なテロリストが、奇声を上げ、銃を乱射しながらこちらへ近づいてきたではないか。その程度の脅しで動く2人ではなかった。しかし不幸にも弾の一発が、フェイスガードを縫ってアナスタシアの頬に掠れたのだ。赤い筋が雪のような白い肌に流れる。息を漏らす彼女に、マリアーンがすかさず迎撃し、声をかける。

「おい。大丈夫か」

「……おちょくったりしないのね」

皮肉に苦笑いする彼女に彼は顔を顰めた。

「傷を負った仲間に追い打ちはかけない」

マリアーンの稲妻型の傷跡の走る目に宿った、オリーブ色の瞳がぎらりと燃える。

「傷?このくらい、大したことないわ」

「違う。お前の心の傷に対してだ」

唐突に言われた台詞に、一瞬アナスタシアは目を伏せる。同情を、返された。癪であったが、それ以上に本来の彼の暖かさを感じてしまう。

「マリアーン」

彼の名を呼ぶ。

「何だ」

「今ここで口説かないで、腕が震える」

「……それぐらいじゃ閣下にもイイようにされるぞ?」

レーザーライフルのカードリッジを交換しながら、マリアーンは返す。彼女はスナイパーライフルを準備するように部下に指示を送り、今後を予測したマリアーンはレーザーライフルで、牽制に務めた。

「いいえ、貴方だからよ。もし貴方が私を愛しているとしても、言うとしたら、」

アナスタシアが銃のスコープを睨む。マリアーンが「障壁」を除去したおかげで、状況が安定していた。照準が一致する。

「今は信じてると言って。」

発射、ヘッドショット。一瞬で首謀者は発狂し、その場に倒れる。彼女はスコープから視線を外し、逃げ惑う残党を追撃するように指示を送る。それからは早かった。少数の残党は身柄を確保され、爆発物は回収された。テロ事件は小規模な被害に終わったのだ。


「弱かったが、厄介だったな」

任務終了の合図とともに、マリアーンは銃を下ろす。

「そういう油断しきった態度が慢心になるんでしょう?」

アナスタシアもフェイスカバーを下ろし、血を拭った。

「何だと、お前が言えるか」

「喧嘩するな」

ラファエルからの無線で大人気ない2人は黙り込む。

「連携が完璧だったな。俺の人事センスは天才的だろ?」

「俺達に対しては褒めないんですね」

マリアーンは皮肉に返したが、ラファエルは笑った。

「褒められん。まずアナスタシアに損傷が出ている。それに、」

冷やかすようにラファエルは続ける。

「あまり戦場でいちゃつくな」

「は?」

「閣下、何を、勘違いですっ」

今更かあっと頬が熱くなったマリアーンと、急に恥ずかしくなるアナスタシア。2人が無自覚だったことにラファエルはため息をつく。息を拾ったマイクからのノイズが喧しい。

「ま、幸せにやれよ?」

呆れ笑いの中将は、ささやかな勝利を祝福していた。

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