Case3、観覧者
「おー、混乱しているねぇ」
観覧車に乗った青年は双眼鏡を下ろした。
杜松の携帯電話にはいくつもの着信履歴が並んでいる。その全てを無視した杜松は、自分の研究成果をゆっくりと動くゴンドラの中から観察していた。
「総来園者数は一万四千人。その内、消えても問題にならない人数はどれほどかな。問題にならないという漠然とした基準はダメだよなぁ。人が恐れて、恐怖して、そして結局一年未満で忘れ去られる人数が必要だ。百より少なく、十よりは多い人数と仮定してっと」
湧き出た新たな疑問をノートに書きつけていく。
観覧車の下にある管理施設にはすでに三十人前後の被験者が収容されていた。ここは杜松が管理を任された場所だ。通気口は外に繋がりわずかに外に音声が漏れ出る。BGMが流れている間は気がつかないが無音であれば助けを呼ぶ声が聞こえるだろう。
すでに収容した内の何人かは「お土産」として引き取り先が決まっている。収容していない被験者もいずれ別の収容施設で出会えるかもしれない。
経営不振、少子化。裏野ドリームランドは閉園になることが決まっていた。ジェットコースターの件が表になれば間違いなく廃園となるだろう。しかしそれで良い。交通の便がよろしくない巨大な保管施設は貴重だ。
裏野ドリームランドを実験場として買い取ったのは有名な研究者たちだと言う。そして研究に没頭したものの倫理的障害によって実験が出来ない研究者、杜松の同士たちが大勢集められた。
これからは情報操作を専門に研究する人間の実験だ。どこまで真実は歪められるのだろうと杜松は上機嫌に笑った。
携帯電話が鳴る。
報告によれば、収容者の割合として十以上二十歳未満の男性が少ないようだ。混乱に乗じて追加で何人かアトラクションから引き抜かねばならない。どうやって連れ出そうかと杜松は考え、軽快なポップミュージックの流れる携帯電話の通話ボタンを押した。二つある携帯の内、普段は使わない方だ。
「はいっ、もしもーし?」
「おいっ、杜松。お前どこにいるんだよっ」
桧木の声だ。ちょうど良かったと杜松は笑みを深くする。杜松が見つけた中でも桧木は特に素晴らしい普通を持っていた。
「どこって、観覧車……」
「そんなことはどうでもいいっ」
自分で聞いておきながら、否定する。
矛盾。焦り。混乱。支離滅裂。
桧木の反応は杜松のノートに刻まれていく。比較実験を行う際には前の反応が必要不可欠だ。
「大変なんだ。ジェットコースターが事故を起こして、それで、人が死んで、変な電話がかかってきて、くそッ!」
「まぁ、落ち着けよ」
ノートを閉じながら杜松は言った。
「とりあえず、一度合流しようぜ。観覧車のところまで来てくれないか?」
桧木が冷静であれば、出入り口ではなく中央広場にある観覧車を待ち合わせ場所に指定する杜松に疑問を抱いただろう。混乱する桧木はそこまで考えなかったに違いない。分かったと一言告げ電話を切った相手。
なんて馬鹿なんだろう。埋める人間が増えたと杜松は観覧車のガラスに映った自分を観ながら笑う。眼下ではバラバラとした動きで来園者が動き続けていた。ライオンに襲われる、ヌーの群れのようだと杜松は思った。
「ああ、まだだ。まだ気づいていない」
携帯を耳に当てながら言葉を続ける。観覧車の下から余剰人員を見上げた桧木は言った。
「俺の実験も成功だな。ニンゲンっていうのは分かりやすい。いつだって自分も被験者であるとは考えもしないんだから」