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Case1、ジェットコースター

 人気者の周りには人が集まる。それは有機物でも無機物でも同じことだ。

 うだるように暑い、夏の日だった。

「あぢー」

 桧木ひのきは動かない人の列を恨みがましく見つめた。うちわ代わりにてのひらをふるが、だらけた腕で風力が発生するはずもない。

「せめて影で休ませてくれー」

 一台の最大定員は十二人。所要時間は一分。

 三台の車と悲鳴が別々の場所で回転しながらローラーの上を駆けていく。一分毎に三十六名が消化されているはずだというのに、列はちっとも動かない。スリリングだと思っていたコースターの道筋も、数十回見れば飽きがくる。

 ぶるぶると震えはじめたポケットの携帯電話を桧木は助かったという気持ちで見つめた。

『もっしもーし!』

 上機嫌に弾けた声は予想していた人物のものだ。どうやら相手は楽しんでいるらしい。

杜松ねず、今どこだよ……」

『桧木グロってる』

『マジで』

 重なった笑い声。怒る気力すらわいてこない。

『暑いから、今みんなアクアツアーで涼んでるトコ』

 桧木は共に裏野ドリームランドを訪れた新しい友人の顔を順に思い出していった。そして湧き出た心の叫びをそのまま口にのせた。

「お前ら許さんからな!」

『あとですぎがアイス買ってやるってさ。そっちはどうだ?』

「全っ然ダメだ。動く気配すら無い」

 前方をのぞきこみながら、桧木は言う。

『はっはー、だろうな』

 ジェットコースターに乗りたいと言い出したのは誰だったか。茹った頭の桧木が思い出せるのは「じゃんけんで負けたヤツがジェットコースターの列に並ぶ」という呪いだけだ。

 一人の犠牲と引き換えに他のメンバーは効率的に巡ることができるという画期的システム。敗者である桧木は陽炎ゆらめくアスファルトの上から提案した。

「今日はもう、乗るの止めよう」

『ここまで来て何言ってんだよ。じゃ、またあとで』

「おいっ!」

 一方的な通話が終わる。黙り込んだ携帯を見下ろしながら「このまま黙って帰ろうか」と桧木は思った。楽しげなBGM、笑い声、そして悲鳴。ジェットコースターを見上げれば悲鳴をあげながらグルグルと回り続けている。

「ん?」

 桧木は違和感を覚えた。ジェットコースターに乗っている一人の客がこちらに向かって手を振っている。彼女は何かを叫んでいた。見知らぬ誰かに手を振る。遊園地でよく見かける光景だ。しかしその必死さは異常だった。だから桧木は、妙に彼女のことが気になってしまった。

 一分が経過した。彼女はジェットコースターに乗って、ふたたび桧木の前に現れた。

 二分。三分。彼女はまだ乗っている。

 もしかしたら、このジェットコースターは止まっていないのではないだろうか。そう気づいた瞬間、桧木の携帯電話が鳴った。


「根津かっ!? いま」

『桧木様の携帯ですね』


 杜松からだと思い通話ボタンを押し叫んだ桧木は聞こえた機械音声に思わず携帯電話を取り落しそうになった。

「誰だ?」

『アトラクションのスタッフでございます。よかった。なかなか気づかれないので予定よりも長い時間が経過してしまいました。暑さが思考回路に影響を及ぼさないか心配ですがこのままだと列がどんどん長くなるので続けます。それではよく聞いて下さい』

「ちょっと待て!」

『あなたはジェットコースターが回り続けていることに気がつきました。あの女性が乗った一台を犠牲にすれば、他の二台は止められます。あの女性を助けようとすれば、他の二台が止められます。前者が良い場合は一のボタンを、後者の場合は二のボタンを。どれでもない場合は通話をお切り――』

 迷うことなく桧木は通話終了のボタンを押した。


 次の瞬間、悲鳴があがった。

 安全バーが一斉に外れ、ジェットコースターに乗っていた人々がばらばらと宙に投げ出される。その中には桧木が目で追っていた女性も混じっていた。

 レールの上に投げ出され、かろうじて動いていた客も動く時速70kmのコースターの下敷きになっていった。真っ赤に姿を変えていくアトラクションと悲鳴。晴天の空の下、外の列で並んでいた客の上にポタポタと雨が降りそそいでいく。

 そんな光景を桧木は呆然と見つめていた。



『実験結果:下敷き(コースター)の場合。

 日本人はどちらとも選ばず、最悪のケースを引き当てることが多い』




【思考実験:トロッコ問題】

(a) 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。


そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。


この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?



【引用文献】

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B3%E5%95%8F%E9%A1%8C

トロッコ問題-Wikipediaより(検索日2017/07/08)


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