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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
20.由無からむ人に乞取られなむ
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20-7


 一方、はぐれた方……ではなく、本来のデートの主役の方。夢姫達はと言うと、地図を片手に園内の広場で次の行き先を決めかねていた。


「お化け屋敷……ジェットコースター、いや、お化け屋敷?」


 どうやらお化け屋敷に行くか、あるいはまた別のジェットコースターに向かうかどうかと悩んでいるようだ。うなるような声を絞り出しながら夢姫が地図とアトラクションとを見比べ、そんな姿を刹那は微笑みながら見守っていた。


「ねえ、刹那さんは乗りたいのとか無いの?」

「……ここに来たの初めてだから、よく分からないんだ。夢姫ちゃんが乗りたいもので良いよ」

「うん……うーんやっぱりジェットコースター! ……いや、お化け屋敷? いやでも……」


 夢姫の中では二つの選択肢がせめぎ合っているようで、地図の対極に位置する二つのアトラクションを指先で辿り、何度も往復している。

 その様子をほほえましく眺めていた刹那は、ふと何か思いついたように悪戯な笑みを浮かべる。そして、地図の上に置かれていた夢姫の手の上から自身のしなやかな指先を重ね合わせた。


「じゃあ、折衷案。この……中央にある、コーヒーカップに行かない?」


 手の甲に触れる少しひんやりとした感触に、驚いた夢姫は手を引き抜く。同時に地図を落としてしまったが、すぐに拾い直すと……動揺を悟られないよう笑顔でうなずいたのだった。


 二人がいた場所のほど近くにある、“コーヒーカップ”――文字通り、カップを模した丸いシートに座り、陽気な音楽に揺られながらくるくると回るアトラクションだ。

 どこにでもあるアトラクションの一つであるためか、他に比べると比較的すいているようだ。


「……昔、住んでいたところの近くにも子供向けの小さな遊園地があってね。家族でこれに乗った事があったんだ。……と、行っても遊園地なんてそれっきりなんだけどね」


 夢姫が刹那の視線を辿る。そこには幼い子供たちと自分達より少しだけ年上の男性の姿が見えた。恐らく子供たちの父親だろう。

 優しくもどこか寂し気な言葉――長いまつげに守られた瞳の奥に、ごく普通な子供であった頃の刹那が見えた気がした。

 “この人にも普通の子供だった頃があったんだ”と、夢姫は少し安心したような気持ちを抱いていた。


「どこにでもあるもんね、コーヒーカップって! あたしはここ以外の遊園地は行ったこと無いけどね」

「そうなんだね。……前は、家族で来たのかい?」

「家族でって言うか、お母さんと、梗耶と、梗耶の両親と、梗耶の妹と……えっと、皆で来たの。梗耶の両親も妹も……死んじゃったから。そのメンバーはそれっきりだけど」


 コーヒーカップが、楽しげな音楽に身を任せゆっくりと回り始める。

 かつての記憶を辿るように夢姫が視線を落とすと、察した様子で刹那が柔らかな声を紡いだ。


「今度は、梗耶ちゃんや和輝君も一緒に……皆で来る事にしようか」

「えー和輝は良いよう」

「あ、そう?」


 刹那の言葉で、先日の喧嘩の事を思い出したらしい。夢姫は頬を膨らませている。

 その傍らでは先程の父子の乗ったカップが勢いよく回り始め、幼き日のセンチメンタルをも吹き飛ばすような明るい声が響き渡っていた。


「あー! 思い出した。その、小さい頃梗耶たちと来た時に、あたしときょーやときいちゃん! ……桔子(キコ)って言うんだけどね、三人でこれに乗ったの」

「へえ……」

「最初は景色とか見てたけどさ、あたしも梗耶も飽きちゃって。あんな風にカップ廻しまくったら、きいちゃんが泣いちゃってさ。降りたらあたしも梗耶も大目玉だったの」

「結構お転婆だったんだね、二人とも」


 刹那がクスクスと笑う。夢姫は“お転婆”というワードに急に恥ずかしくなった様子で、傍らの父子に負けないほどの勢いで、カップを廻し始めたのだった。



 ―――



「お化け屋敷……お化け……じゃなくて、エイリアン?」


 その頃の和輝達。――和輝たっての希望により、園が誇る多様なジェットコースターを制覇していったようだ。普段より足取りが軽やかな和輝が地図を片手にブツブツと指でアトラクションを辿っていた。


「ええええ……またそっち系ですか~……」


 楽しそうな和輝と真逆なのが梗耶である。和輝に引っ張りまわされるような格好となり、疲れと呆れを背負っていた梗耶はため息交じりの言葉を投げていた。


「……ごめん、疲れた?」

「疲れたって言うか。私、本当は絶叫系あんまり得意じゃないんです」

「ああ……ごめん。じゃあ、次は風見行きたいところにするよ」

「あ、いえ……小さい頃からよく遊びに来てましたから……別に乗りたいものっていうのは無いですけど」


 楽しんでいる相手に水を差したくないと思ったのだろう。梗耶は“大丈夫です”と答え首を横に振る。

 だが、ここまで歩き続け、気の進まない乗り物にも付き合ってくれていたのだろう。気を使ってくれていたであろう梗耶に対して、それ以上のわがままは言えない。


「……あ、じゃあ休憩も兼ねてこれとかどう?」


 和輝は地図をじっと眺め何かを探す。やがて……一つのアトラクションを指さすと梗耶にも見せた。それは遊園地の中央で人々を見下ろしている、カラフルで、ひときわ存在感を放つ――


「――観覧車!?」

「高いところ苦手じゃなければ」


 和輝の手から地図を奪い取ると、梗耶は赤く染まっていく顔を覆い隠す。

 観覧車と言えば――そう、お約束の“あれ”。

 純情な乙女には刺激が強い“あれ”だ。


「……あの、提案してみただけだから、嫌なら良いんだけど」

「嫌って言うか……嫌じゃないけど、じゃなくて! 観覧車って、一番最後って言うか、いやそれ以前に、観覧車って……」


 脳裏に浮かんでは消えていく数々の恋愛ドラマの“お約束”……自分たちに限ってそういった展開にはなりえない。目の前できょとんとしている和輝にそのつもりはないと分かってはいる。分かっているからこそ、考えてはいけない、冷静にならなくては――

 ――そう思えば思うほど、梗耶はどんどんと自分が何を言っているのか分からなくなっていた。

 支離滅裂な言葉と言葉をつなぎあわせるばかりの梗耶の胸の内など、和輝は知る由もない。


「つまり……最後が良いって事? じゃあ、こっちなら風見も行けるんじゃない? “月の石”が見られるらしい!」

「あ、いやそうじゃ……」

「本物は見たことない。よし行こう」

「ちょ、ちょっと……!」


 遊園地には、人を子供に戻す力でもあるのかもしれない。

 梗耶は目の前の“ごく普通の少年”を追いかけ、ため息をついたのだった。



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