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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
20.由無からむ人に乞取られなむ
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20-6


 多くの客で賑わう店内。様々な人間模様と雑多な声に混ざってしまい、夢姫たちの会話の内容を聞き取ることは叶わない。二人はその身ぶり手ぶりから会話の流れを推察するばかりである。

 ふと、和輝の背後……先ほどまで空席であった席にまだ幼い女の子たちを連れたグループが座ったようだ。子供特有のはじけるような声が辺りに響く。


「あたち、このせきがいいーっ!」

「じゃあウチこっち!」

「あう……そこ、みいちゃんがすわりたい……!」


 梗耶は何気なく女の子たちの方へと視線を注ぐ。そこには幼稚園か、小学校低学年くらいの女の子三人と保護者と思しき大人の男女が見えた。

 女の子達の目当てはジェットコースターが見える窓際の席のようだ。

 活発そうな女の子二人が向かい合い、お目当ての席を獲得したその一方――出遅れてしまった様子の大人しそうな女の子はよほど悔しかったのだろうか。泣き出してしまった女の子を母親と思われる女性がなぐさめていた。


「みいちゃん、なかないで! あたちとかわろー? そしたらおそとみえるよ!」


 窓際に陣取った二人の内、片方の女の子がそう提案して頭を撫でている。年は同じくらいと思われるが、おそらくは“お姉ちゃん的な役割”を買っているのだ。泣いていた女の子は小さく頷き……笑顔を取り戻していた。


 ――どこにでもある子供たちのやり取り。彼女たちの日常。

 だけど、梗耶にとってはかつての自分を見ているような。その光景、誰にでもある日常は“もう戻ることのできない遠い場所”の風景のようだと思えた。


「……風見、どうかしたか?」

「あ……いえ、ちょっと小さい頃を思い出して。私も小さい頃、よくお姉ちゃんと取り合いっこしてたんです。でもいつも負けて、それでも……」


 言いかけた梗耶は慌てたように口を噤む。

 特段変な事を言ったわけでもなさそうなのに、と和輝が首を傾げる……ちょうどその時。遊園地の雰囲気に合わせたような陽気で明るい声をした店員が、料理を運んできたのだった。



 ―――



 予定通り梗耶たちは、夢姫達よりも先に食事を終えてこっそりと会計を済ませ店を出ていく。そして、店の出入り口を見渡せるモニュメントに身を潜めた。

 通りは開園直後よりもはるかに客が増えた様子。クララ並みに身長が高くないと大人でもはぐれてしまいそうなほどだ。


「ここって……こんなに流行ってたっけ?」

「ああ、もうすぐ閉園するって話ですからね。駆け込み需要って奴じゃないですか?」


 ――別に経営状態悪くなさそうなのに、と和輝がぼやく。土地の所有者と管理会社がどうだ、とか老朽化がどうだとか……梗耶は人づてに聞いた噂のいくつかを思い出しながら相槌を返していた。

 ――ふと、梗耶は人込みに紛れ見覚えのある和装の少年を見つけた気がして目を凝らす。


「あ、風見、出てきたよ。あの二人今度は……って、風見?」


 切りそろえられた長い黒髪、浅葱(アサギ)色のハカマと背中に見える木刀――“宇宙”がテーマの遊園地に全く似つかわしくない異質な存在に、確実に周囲の人々も足を止め視線を集めている。

 その姿、さしずめ近未来にタイムスリップしてしまった侍のようだ。――“回収した方が良いかもしれない”と梗耶が親心のような心持ちで“サムライ”の方へと足を向けた。


「ちょ、見失うって……!」


 その時。和輝が梗耶の手を取り引き留めた。“サムライ”と反対の方角へと夢姫達が歩き出していた為、このままでは見失ってしまうと考えたのだ。


「――ちょ、ちょっと! 和輝さん!」

「どこに行くつもりだろう……風見、予想とか出来ない? 水瀬が好きそうなアトラクションは……」


 食事を終えた夢姫達は次にどこへ向かうかを決めかねていた様子。前方で刹那と共に地図を見つめ、何やら話をしている。

 和輝は“サムライ”が同じ敷地にいる事に気づいていない。ジェットコースターを支えている大きなコンクリート製の柱の陰に梗耶を押し込むと、再び歩き出した夢姫たちをじっと見据えていた。


「か……和輝さん!」

「分かったのか?」

「じゃなくて、その……離して、下さい」


 強い口調、だが戸惑いを孕ませた声を絞り出すと梗耶は息をつく。熱を帯びた頬を片手で覆い、しっかりと握られたもう片方の手を揺らしていた。


「あ、ご、ごめん。強く握りすぎた……?」


 和輝が慌てて離すと、梗耶は解放された両手で頬の熱を冷ますように覆い隠して俯く。


「そうじゃなくて、その……嫌とか、痛かったとかじゃないですけど。……私、夢姫みたいに、スキンシップ、出来る方じゃないので」


 その言葉でようやく梗耶の戸惑いに気が付いたようだ。和輝もまた、紅潮していく頬を隠すように梗耶から背を向けた。


「ご、ごめん! ……その、なんて言うか。今まで、周りに“そんな反応”する人いなかったから……何か感覚麻痺して」

「……何というか、大体夢姫のせいですよねそれ。ごめんなさい」


 先程のパーソナルスペースの話も関係するが、和輝自身も夢姫の距離感の無さに慣れ始めていたのだろう……。慌てて謝る和輝に同情心を抱いてしまっていた梗耶もまた、頭を下げたのだった。


「――み、見失っちゃいましたね、夢姫。……あの子の性格的に、お化け屋敷辺り行きそうな気がします、確かエイリアンのアトラクションがあったはず、行ってみましょうか」


 照れに由来する気まずさから逃れたいと思ったのだろう。まるで話を逸らすかのように、声を上ずらせながらも梗耶が辺りを見渡す。あたふたしている間に二人は次の目的地を決めたらしく、すっかり見失ってしまっていた。


 本来の目的は“夢姫の尾行”である。逆にいえばその目的が遂行出来なければここにいる意味もない。梗耶としては、それは避けたかった。そこに隠れる本来の“目的”の為――


 息を吐くと、平静を装い再び歩き出そうとしていた梗耶を和輝が呼びとめる。

 和輝もまた平静を取り戻したのか小さく息を吐くと、夢姫達が去って行ったと思われる道の先をまっすぐ見つめていた。


「……もう、良くない? 水瀬も楽しそうだったし。……確かに逢坂さんが信用ならないって部分は共感するけど、水瀬も子供じゃないんだし自分で考えて選ぶだろ」

「良くない! ……えっと、そ、そう! ゆ、夢姫に何かあると、恵さんが悲しむから、私が見ていないと」

「親離れも必要だって教えた方が良さそうだけど、あの人は。……って、そうじゃなくて」

「ええ?」

「……せっかくの休日を、水瀬観察だけで終わらせるのが何か、その……勿体なく思えてきた、から。こっちはこっちで尾行じゃなくて“デート”をしませんか、って話」


 自分で言っておいて、照れてしまったらしい。和輝は言い終わるとそのまま来た道を引き返し始める。それを慌てて梗耶が追いかけると、背中に届くようにしっかりと言葉を紡いだ。


「わ、分かりました! 尾行はもう……良いです。って、どこ行くんですか!?」

「ジェットコースター!」

「そんなに乗りたかったんだ」


 横に並んだ梗耶は和輝が耳まで赤くしている事に気付き、思わず笑みを漏らした。



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