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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
19.鬼にも非ず、神にも非ず
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19-1

 

 この日も一日、授業を終える。家路を急ぐ生徒、部活動や勉強で残る生徒、誰かを待っている生徒――各々がそれぞれの放課後を過ごしている中。

 梗耶は、自分のクラスよりもホームルームが長い夢姫を待っていた。


 ――この日の昼休みの事だ。夢姫から“話を聞いてほしい”と相談を受けていた梗耶は、詠巳も含めた女子三人で帰る約束をしていた。

 そもそも夢姫が思い悩む事自体とても珍しい事だ。持ち掛けられた際には流石の詠巳も驚きの表情を見せたのだが……梗耶にはその話の内容が想像出来ていた。


逢坂(オウサカ)刹那(セツナ)さんの事、だろうな……」


 学園祭で巻き込まれた騒動の際に出会った“道具”を持つ美少年――逢坂 刹那。

 梗耶と和輝が駆けつけた時、すでに刹那はその場にいた。夢姫とどのような話をしたのかなど知る由もない。だが、一つ分かること。それは――あの時の夢姫は確実に様子がおかしかった、ということだろう。


「……あの後は、特におかしな様子は無かった、って恵さんは言っていたけど」


 元々家族ぐるみの付き合いでもある夢姫の母、恵が言うには――その後変わった様子は見受けられなかったらしい。恵は人一倍心配性で、娘である夢姫の事を気にかけている。そんな彼女が“何もない”というのだからその点に違和感はないということだろう。……だが、梗耶にとってはそれこそが奇妙な状況であったのだ。


 付き合いが長い梗耶だからこそ分かることだが……夢姫はとにかく“イケメン”に対する執着が強い。傍で見ている限り、おそらく夢姫の好みのタイプというのはいわゆる“王子様系”といえよう長身の優男のはず。

 事実、白髪で赤い目をした、まるで氷のような儚い印象を残す美しい青年“春宮 八雲”と出会った時などは夢姫のテンションが上がりすぎて、梗耶だけでなく和輝でさえも苛立ちを隠せずにいたほどだ。


 件の美少年、刹那もまた長身。部屋に籠っている八雲とは異なり、健康的な肌色でしなやかな筋肉も纏っている風とはいえ、すらりと長い手足とどこか中性的で整った顔立ちの彼もまた“王子様”の部類に入るだろう。

 平素であれば色恋を妄想しては騒ぎ立てていてもおかしくない相手であるというのに、当の本人、今の夢姫はというとどこか心ここにあらず。そう。ノーリアクションすぎて不気味なのである。


 梗耶にとって静かな事は喜ばしいのだが、夢姫の様子の異変が気がかりではあった。


「……風見さん!」


 ただ一人思考に耽っていた梗耶の肩を、華やかな香りとはじけるような女子の声が叩く。

 梗耶は思考を中断させる。メイクばっちり(校則違反)の華やかな顔に満面の笑みを湛えたクラスメート・川島に向き直ると首を傾げた。


「川島さん? ……帰ったんじゃなかったっけ、どうしました?」

「どうしたじゃないわよ! 他校のカッコイイ人が“風見さん待ってる”って、校門のところにいるの! ちょっと彼氏なの? 前の人……えっと、同級生だっけ? ねえ別れたの? ねえねえ!」

「は、はい?!」


 まるで芸能リポーターのように川島は目を輝かせ梗耶へと詰め寄る。彼女が発する好奇の言葉から推察するに、どうやら“誰か”が梗耶を訪ねてきたようだ。


「ねえ別れたの!?」

「別れるも何も彼氏もいません! ……もう! た、多分いとこが遊びに来たんですよ多分!」

「あら」


 適当な嘘を並べながら、梗耶は川島の横をすり抜ける。何が何だか状況は全く理解できないままであったが……はた迷惑な“誰か”が待つと言う校門へと、梗耶は逃げるように駆け出したのだった。


 道中。以前も似たようなことがあったと梗耶は思い返す。くどいようだが梗耶には異性で親しくしている友人などはいない。友人といえば近頃ようやく打ち解けた和輝くらいなものであろう。

 川島は“他校のカッコイイ人”と表現していた。とすればクララではないであろう。彼氏と疑われるくらいなのだからソラも該当しないはずだ。


 梗耶の頭に次々と浮かんでは消えていく疑問は――校門前に着いた時、ため息と共に一気に晴れたのだった。



「――ああ、ごめんね。君のクラスの子に声をかけられたから、呼んでもらったんだけど……迷惑だったかな?」

「ええ、とても迷惑です。……なんなんですか、逢坂さん」


 校門に背中を預けていた美少年――刹那は梗耶の声に気付くと目を細め微笑んだ。

 何気ないしぐさのその一つでさえもまるで華々しい舞台の一幕のようである。

 華がある外見、洗練された優雅な所作がそうさせるのだろう。ただ立っているだけであっても刹那は目立つらしい。まるで童話の世界から抜け出してきたかのような刹那の姿に下校する女生徒たちが見惚れ名残惜しそうに帰って行く。その配役で行くと梗耶はさしずめ従者か何かか。


 もとより目立ちたくないはずの梗耶が、好奇の視線にさらされて悪目立ちしている現状に耐えられるはずも無い。わざとらしい咳払いを落とし眼鏡を掛け直すと鋭い視線で刹那に訴えかけると、刹那は察したように手を差し出した。


「立ち話も何だから、ちょっと場所を変えないかい?」

「その手は何ですか?」

「“清廉な乙女(プリンセス)”を徒に連れ出してしまう……。愚行の罪滅ぼしに“エスコート”しようかと?」

「いりませんけど。あとそれやめてもらえません?」


 差し出された手を無視すると、梗耶はため息を落とす。この手を取っても、取らずとも周囲で様子を伺い見ている女生徒たちの視線を振り払うことはできないだろう……。

 言葉にできない感情を吐き出すようにため息を落とすと、梗耶はどこかへと歩き出した刹那の後を追うのだった。



 ―――



 ――一方。長く続いたホームルームからようやく解放された夢姫と詠巳は、梗耶の教室へ向かっていた。だが、けっして広くない教室を見渡してみても梗耶の姿はどこにもない。

 それもそのはず……この時、梗耶は既に刹那に連れられ移動した後であった。


 約束したのに。席を外しているだけかな、などと夢姫たちが話し合っていると……ふと、教室に残っていた生徒の一人が顔を覗き込む。


「もしかして風見さん待ってるの? 先に帰ったみたいだけど?」

「えーー?! マジ?」

「風見さんたら、面倒事押し付けて」

「にゃ? よみちゃん何か言った?」

「……気のせいよ」



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