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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
18.現世の栄花を棄てて
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18-3


「……そういや、風見。今日はありがとう。あの様子だと続木先生だけだと辿り着けてなさそうだったから、助かった」

「え? ああ、別に」


 騒がしい人がいなくなり、クララもまだソラに付き添っているのか二階から下りてくる気配はない。

時計の針の音だけが響く静かな店内で、邪魔される事も無くはっきりと聞こえた和輝の声に梗耶は首を横に振り返した。


「ソラはさ、魂だけの存在だって前話したよな、確か」

「……ええ。私たちが接している方のソラ君は、幽霊で。体は借りてるんでしたね」

「まあ、そう言うことなんだけど……ソラは、魂だけの存在だから、分からないんだって。体がキツイとか痛いとか、お腹がすくとかそういう感覚。勿論、死ぬことも」


 梗耶は、記憶を辿るなかで、初めて会った時の、ソラの言葉を思い出していた。

線路を越えようとしていたソラを引き留め、梗耶が“死ぬところだったんですよ”と叱った時。ソラは不思議そうに首を傾げていた。


“ぼく、しんでしまうところだったんですね”


 あれは、電車が迫りくることに気付いていなかったのではなく。

“電車にぶつかってしまったら死んでしまう”と言う認識が出来ていなかったのであろう。それゆえの言葉だったのだ。


 梗耶も身体が強い方とは言えない。すぐに風邪をひくし、風邪を引けば熱も出る。当たり前のような話だが、少しでも不調を感じた時には自分で休む事が出来る。

 だが、ソラにはその基準が無いのだろう。……梗耶は少し心が痛んだ。


「――なあ風見。風見にとって、俺って何?」


 梗耶が記憶を辿る代わりに言葉を失っていた時、ふいに和輝がその沈黙を破る。

 その全く予期せぬ問いかけに、梗耶は思わず固まってしまった。

それはどういう意図で聞いているのかがまったく掴めないのだ。


 和輝の表情はいつもと変わらない、ぼんやりとした様相。それが余計に梗耶を困らせていた。


「……友達、ですけど」


 梗耶は、動揺を表に出さぬように眼鏡を上げなおす動作で顔を隠し、隣に座る和輝を横目に盗み見る。

どこかほっとしたような表情にも見える和輝は息をつくとまた口を閉ざしてしまったのだった。


「和輝さんにとって」


 意を決し、梗耶が和輝にそう尋ねたとき。入口の扉が勢いよく開き、秋の涼しげな風が室内に舞い込んだ。


「もーやだ! 疲れたー!! 茶を出しなさい茶を!」


 静寂を突き破るような甲高い声、騒々しい物音――そう、夢姫だ。彼女も和輝達同様に休みであるはず。だが何故か校則違反の制服姿である。


「もーあたしが今日、どんな目に遭ったか! ……って、なんだ、クララちゃんいないじゃん。和輝で良いから茶を出しなさいよ! ほらほら」


 それどころか、和輝をパシる気満々のあっちに行けと言うジェスチャー。

 和輝はイラッとした様子で何か言い返そうとしたが、ふと何か思いついたようで黙って厨房へと消えていった。


「学校から呼びだしでもあったんですか?」


 梗耶が夢姫の様子から推察し、そう尋ねてみるとどうやら図星だったよう。

梗耶の腰かけるテーブル席に駆け寄り夢姫がテーブルに手を打ち身を乗り出すと、怒りを声に乗せ地団太を踏み始めた。


「いっちーがさ! 文化祭の騒動の罰って言いやがってさー。今の今まで学校の掃除させられてたんだよ?! しかも、あたし一人で! 酷くない? 体罰だよ!」


 ああ、その張本人はここにその間いましたね、とは流石に言えず。梗耶は苦笑いで誤魔化すほかなかった。


「お望みの茶だ」


 そうこうしている間に、和輝がお茶を注いできたらしくファンシーな湯のみを乱暴に夢姫の前に置く。

 梗耶の分はなく、夢姫の分だけだ。梗耶は“自分には出してくれたこともないのに”という不平不満を感じ、少し言い淀む気持ちになったが……顔には出さない。


「えー熱いのじゃん、気がきかないわねー」


 文句を言いつつ、夢姫はお茶をさまし、一気に飲む……と同時に一気にむせ、咳込んだ。

 夢姫のリアクションを見て満足したようで、和輝は一笑に伏すとお盆を片手に厨房に踵を返す。


「あー悪い悪い、茶葉の分量間違えたかも」


 熱さや苦み、えぐみで喉をやられた夢姫が、せき込んだことで涙がにじむ大きな瞳で和輝を睨む。

怒りに身を任せ飛びかかったが和輝もだんだん慣れてきたようでそれはさらりとかわした。


「ばーかばーか! 女の子いじめるなんてサイテーなんだから!!」

「そのまま返してやるよバカ女」

「なんですってー!」


 二人が決して広くない店内で飛びかかる・かわすといった不毛な争いをし始め、梗耶は最早止める事も面倒だとそれを黙って傍観していると。

 二階へ続く扉が開き、クララのため息が落とされた。


「またやってるの、あの子ったら……」

「あ、クララさんお帰りなさい。ソラ君は?」

「ご心配なくだぞ! もうすっかり落ち着いたみたい」


 心配げに見上げた梗耶にウインクを返すと、クララは小さく息を吐く。


「喧嘩したり、本音で話したり……大人になっちゃうと中々そう言う関係の友達っていなくなっちゃうものなのよねえ。……あなた達が和輝の友達になってくれて良かった」

「……クララさん、貴方は」


 言葉を紡ぎかけた梗耶を制し、クララが雄々しく歩み始める。

そして、狭い店内でバタバタと走りまわる二人に向かい“静かになさい!”と一喝した。


 クララは続けざまに和輝の方に向き直るとデコピンの構え。“本日二発目が欲しいのか?”という無言の圧力だ。


 和輝はしっかり身にしみた痛みを思い出し、怯んだように小さな声で謝った。


 夢姫もまた、商店街で不良に喧嘩を売った時にくらったデコピンの痛みは明確に覚えていたらしい。思わずおでこを押さえ、すごすごと身を引いたのだった。




 ――同じ頃。八雲は、騒がしい店内とは対照的に時計の針の音しか響かない、静かな自室に一人。

 鏡一つない自室。

画面の消えたモニターに映る真っ白い髪、赤の瞳……写り込む自分自身の姿を憎しみを湛えた表情で睨む。


「……何も、知らない癖に。百花は……!」


 忘れたい過去、忘れてはいけない過去の記憶が八雲の全身を駆け巡り、苛立ちを吐き出すようにテーブルを蹴り倒した。


「あいたたた。足が。……はあ」


 テーブルの上に積まれていた“美少女が彩るゲーム達”が散らばり、八雲はすぐ足もとに転がったパッケージをまた蹴り飛ばすとため息を落とす。


「……何としても、止めなければ。百花の、(ソラ)の為に……」


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