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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
18.現世の栄花を棄てて
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18-2


 梗耶はこの日も前髪を頭上で束ね、お下げを完璧に結いあげたばっちりコーデである。

 クララがいつものように投げキッスを乱舞させ出迎える。慣れてきた様子で投げキッスを難なく避ける梗耶、その後ろからクララにとって見慣れない人物が顔を覗かせた。


「こ、ここに本当に人が住んで……うわああ妖怪!!」


 怪訝そうな表情を覗かせたかと思えば、クララの顔に面食らって大人の男とは思えない情けない悲鳴を上げた人物……そこにいたのは夢姫の担任、続木先生の姿であった。

 とり乱しよろけながらも守るその背中には、ぐったりと息を荒げるソラが背負われていた。


「続木先生、その人“妖怪じゃないです”ってさっきお伝えしたでしょう?」

「いや想像以上に凄くて……」

「ちょっと! 梗耶ちゃんどんな説明したのだ!?」


 人の顔見て叫ぶなんて失礼だぞ! と頬を膨らませ怒るクララを遮ると和輝は続木の元へ駆け寄る。

 クララが妖怪であろうとなかろうと今はどうでもいい。ソラの様子が何より気がかりであった。続木はクララの顔を見ないように目をそらしながら近くの長椅子にソラを横たわらせ、息をついた。


「……学校近くの公園で、ぐったりしてたんだよ。多分、小児ぜんそくだろうけど、聞いたら薬を忘れたって言うから」

「ソラ君はもうろうとしているし、続木先生はここを知らない。……で彷徨っているところに私が通りかかって、案内してきたんです」


 梗耶が付け足すように説明している最中――続木はだんだんクララの顔に慣れて来たのか、クララの前に立つと強く睨んだ。


「朝、送り出す時に気付かなかったんですか? そんなふざけた顔して……保護者なら、ちゃんと気付いてあげないと!」


 クララに説き伏せるように言う続木。梗耶は“これは怒られても仕方ない”――と頷いていると店の奥から八雲の声がしたのだった。


「さっきからうるさいなあ、音声が聞こえな……って、あれ、ソラ?」


 八雲が恨めしそうに続木を一瞥、そしてその近くで横たわるソラに気付いた様子。

 続木もまた、反射的に八雲を見たようだが何かに驚いたようでそのまま動きが固まった。


「……なに? 誰だっけ」

「人を小馬鹿にしたような声……! お前、八雲だろ? ほら俺だよ! 中高一緒だった!」

「え。あ……もしかして続木?」


 先程までの怒りがどこへやら、続木は八雲の元へ駆け寄ると学校では中々見せない子供の様な笑顔を見せる。

 八雲もまた、何か思い出したように驚いた顔で続木の名を呼んだ。


「うわあ……懐かしいなあ十年ぶりか! 八雲、まだこっち住んでたんだ! お前同窓会にも来ないからさ~」

「……別に行ってもねえ。仲良いのいないし」

「俺は!?」


 先生としての姿は影を潜め、嬉々として昔話に花を咲かせている続木の姿に、梗耶は勿論。和輝も驚きを隠せずにいた。


 二人の話しぶりから察するに、続木と八雲は学生時代の同級生なのだろう。

日頃の苦労が祟っているのか、若干続木の方が老けて見えるが……言われてみれば年は近そうな風貌ではある。


 梗耶や和輝からしてみれば、不思議な光景にも思えた。八雲は外見もそうだが、おおよそ世間から離れた場所にいるように見える。

 そんな八雲が、ごく普通の人と“ごく普通に話している”事が不思議であったのだ。


「……っていうか、そんなことより続木。この子」


 昔話に花を咲かせようとしていた続木を遮り、八雲がソラの横たわる長椅子に歩み寄る。

 ようやく続木は思いだしたようで、クララを今一度睨んだ。


「あ、そうだ。この子、見たところぜんそくか何かだと思うんだけど……。緊急時の薬も持たされないで外で遊んでたんだ。遊びたい盛りの歳なのに、我慢が出来る訳ないじゃないか……! ちゃんと緊急時の事を考えてやってほしいもんだよ! もう頭にくる! 子供の話を親が聞いてやらないで」


 続木が熱く語っている最中、八雲はプラスチックでできた小さな吸入器をソラの口に咥えさせ薬剤を吸入させ、ため息をついた。


「あーごめん、そっちの白い人はここの従業員みたいなものでさ。……俺が父親」


 いつもの調子、涼しい声でそう紡ぐと八雲はソラの身体を支え起こす。


「ごめんなさい、もっていくの、わすれて。ごめいわく、かけて……」

「ソラは分かんないもんな。気にしないで」


 謝るソラの頭をなで優しい声を紡ぐと、クララに向き直り“部屋に連れてって”と指示を出す。

 クララもまた、警官の敬礼のように右手をひたいに構えて見せると投げキッスを飛ばし――ソラを軽々抱え二階へと消えていったのだった。

(八雲はソラをかばい避けた)



 青天の霹靂(ヘキレキ)とはこの事であろう。

梗耶はずり落ちそうな眼鏡を両手で押し上げ曇りのないレンズ越しの八雲を見つめる。

 続木もまた、同じ事を考えているのだろう……。あんぐりと口を開け放したまま、涼しい顔で何を考えているのか分からない、八雲の姿を見つめていた。


「……八雲が、父親!?」

「うん」

「春宮さんのお子さんだったんですか? 和輝さん、知ってたんですか!?」


 そう、梗耶はクララの子だと思っていたのだ。若く見える上、親としての責任感がみじんも感じられない八雲が一児の父親と思いたくなかったのかもしれない。


 改めて、梗耶が和輝に尋ねると、和輝はごく平然と頷いた。


「あんな白塗りの父親がいちゃ可哀相だろ。身内にいたら首吊りたいレベル」

「……否定はしませんけど」


 続木もまた、和輝の言葉を受け取ると自信を落ち着かせるために息をつき、記憶を辿りつつ八雲に向き直った。


「あの子、確かうちの学園の初等部だったよな……? だとしても……高校出てすぐじゃん! え、もしかして奥さん、もしかして百花(モモカ)さん、だったり?」

「……結婚はしてないよ。母親はその人だけど」


 何気ない調子で紡ぎだされた“百花”と言う女性の名前。

 ソラの母親に当たるその女性の話は初耳なのか、和輝も少しだけ興味を持った様子で二人のやり取りへ視線を向けた。


「かーっマジかよ……。八雲、モテてたもんな……そうかーもうあんな年の子の父親かあ……」

「続木はその様子だと彼女もいなさそうだね、相変わらず?」

「相変わらず、は余計だ! お、俺は仕事が恋人なの!」

「はいはい」


 八雲は普段の冷たい印象とは真逆に、悪ガキのような笑みを見せる。その様子が物語るのは、おそらく和輝も知らない頃の八雲が確かに存在した証なのだろう。


「――あ、やば、すっかり忘れてた。八雲、俺そろそろ学校に戻るよ。生徒は見ての通り休みだけど、俺達は普通に仕事なんだ。休日返上してさーほんとブラックだよ」


 來葉堂の古時計が鳴り響かせるキリの良い時刻。その音で思い出したように続木が立ち上がる。


「にしても八雲変わったな。昔はお前さんのせいで良く一緒に叱られてたってのに。はあ……うちのクラスにもいるんだよ、昔のお前に似てるのがさ。女子だけど」


 続木のクラスの問題児、なおかつ女子と言うのであれば、それはおそらく夢姫か詠巳のどちらかであろう。――八雲がそれに気付いているのか、そうではないのか……それは和輝達には分からない事だった。


「あ、髪の色や目の……カラコン? 派手になってるけど、子供にマネさせるなよ?」

「……分かってるよ」


 少しだけ表情が曇った八雲に気付く事も無いまま、続木はあわただしくも名残惜しそうに店を去って行った。


「しかし……春宮さんも若い頃があったんですね」


 店に残った梗耶は、言葉も無く自室に引っ込もうとしていた八雲の背中に声を投げる。

八雲は振り返らないまま、“俺は今も若いけどね”と茶化し、奥へ消えていった。


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