1-7
「――夢姫? 昨日私が送ったメッセージ無視しましたね!」
「え? そうだっけ?」
翌朝。夢姫はいつものように梗耶と学校に登校する。
――昨日はというと、帰りが遅くなったことで母に“娘がぐれた”とさめざめ泣かれてしまいその対応に追われていた。どうやらその頃に梗耶はスマートフォンのアプリでメッセージを送っていたようだ。
目の前でスマートフォンをいじり確認し始めていた夢姫を横目に、梗耶はため息を落としていた。
「そうだっけ、じゃないですよ全く。折角最新情報を教えてあげようとしたのに」
「最新情報?」
「……例の通り魔。捕まったそうですよ。昨夜」
「だろうねえ」
「あれ? 知ってたんですか? ……でも、これは知らないでしょう? 何と、逮捕のきっかけが一本の通報だったんですけど、明らかに少年の声で。しかも駆け付けた時にはのびた男だけだったとか!」
「……だろうねぇ」
梗耶が送ってきていた情報は驚くこともない内容。自分自身がこの目で見てきたものであった。
だが……昨晩の出来事を梗耶が聞いたら鬼の形相で怒る事が容易に想像できる。楽しい気持ちを共有できればこれほど幸せなことはないだろうが、それは友情を壊してまで共有する情報ではない。
どこか楽し気に見える夢姫の表情を見つめ、梗耶は首をかしげる。
「……まあ、良いか。……噂なんですけどね、夜遅くに灯之崎君が出歩いてるのを見た人がいて、もしかしたら彼がその通報した少年――」
「あ! おーい!」
――ふと、夢姫は目の前の信号の向こう岸に見覚えのある後ろ姿を見つけ声をあげた。
信号は赤に変わった瞬間である。――だが、たとえ信号であっても夢姫を遮ることはできない。
“赤信号は気をつけて渡ればオッケー”が信条の夢姫は赤信号を走り抜けていった。(よい子は真似しないでね)
「ひのちゃんおはよー!」
「……てちょっと夢姫! 信号! 私! 無視……色々無視するな!」
――梗耶の怒号を完全にスルーして夢姫が駆け抜けた赤信号の先にいたのは、灯之崎である。
梗耶の声で状況を察した灯之崎は、その襲来を予想していなかったらしい。
戸惑いをあらわに、とにかくその場を離れ逃げようとしていた……が、少し反応が遅れたようだ。
逃げ切るよりも先に、夢姫がその背中を叩いたのだった。
「あんたさ……いい加減その呼び方やめない?」
「だって下の名前知らないもん。“友達にでも何でも”なるんでしょ? ほらほら、あたしの事はゆーきちゃんって呼んでいいのよ?」
夢姫がじっと見つめていると、言い返す言葉が見つからない様子の灯之崎は困ったように目をそらしている。ため息を落とすその姿は昨夜の粗暴さがまるで嘘のようであった。
「灯之崎、和輝……友達になってどうするのか分からないんだけど」
「いーの! じゃあ、和輝! 改めてヨロシク!」
夢姫は満面の笑みを見せ握手を求めた。だがそれは丁重に断られたのだった。
「――水瀬、昨日の腕輪だけど」
「あ、これ? 何かよくわかんないんだけど、外れなくなってるっぽいよ」
和輝の問いかけに対し、夢姫は右腕を突き出してみせる。昨晩から変わらず、鈍い光を放つ腕輪がそこにあった。
夢姫は昨日の出来事の後、帰宅し外そうと試みてみたらしい。だが、どうしても外すことが出来なかったのだ。
和輝の目の前で腕輪を引っ張ってみせる。まじまじと見つめてみても、取り外すためのジョイントのようなものすら見当たらない。
華奢な方といえる夢姫だが、まるで特注品のようにその腕輪は少女の腕にぴったりと収まっていたのだった。
「まぁ、良いっしょ! もともとさびてたし、つけたままお風呂入ってもそんな邪魔にならなかったし! ……あっ今あたしの入浴シーン想像したわね?」
「してない」
「しなさいよ。……まあ、とにかく……あたしね。この腕輪があたしの運命を変えてくれる気がするの。だから、外れないのも運命かなぁって思って」
――夢姫がそう笑顔を見せていると、和輝がなにやら慄いた表情でその後方を指さす。
振り向きその視線を辿る。ちょうど信号が青に変わったタイミングだったらしく、夢姫の背後には――般若のような表情を張り付けた梗耶が迫ってきていた。
「夢姫……貴女ねえ――」
「説教は後でいいじゃない。遅刻しちゃうわよ!」
今にも爆発しそうな梗耶に怯むこともなく、夢姫はにっこりと笑うとその手を引く。
そしてさりげなく逃亡を試みようとしていた和輝のカバンをもう片手で掴むと――学校へ向かい歩き始めたのだった。
「二人とも学校に行くわよー!」
「……なんか、ごめん」
「最悪……」
夢姫は運命が変わる気がして。――“日常”が日常じゃなくなっていくような気がして。嬉しくて楽しくて、たまらなかったのだった。
【登場人物】
灯之崎 和輝
真ん中分けで少し跳ねっけのある髪型の同級生。夢姫曰く
「まあ悪く無いんじゃ無い? 暗そうだけど!」