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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
17.世に並び無く端正にして
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17-9


「――ねえ、君たちの名前も良かったら教えてもらえないかい?」


 刹那は恵の後ろ姿を見送ると、和輝たちに向き直る。時を同じく母の後ろ姿を見送った夢姫が、刹那の視線に気付くと目をそらし梗耶の後ろに隠れた。


「み、水瀬……夢姫、です」


 背中越しに伝わる戸惑いを感じ、梗耶も困惑を隠しきれずにいたが表情に出さずにメガネを指先で押し上げる。


「風見 梗耶です」

「夢姫ちゃんに梗耶ちゃんだね。……で、“刀”の君は」

「灯之崎 和輝、です。……で、逢坂さん、早速なんですけどその布――」


 和輝が自己紹介もそこそこに、先程言いかけたままであった疑問を口にする。

 さらりとまとめられた髪をほどき、淡い光を放つ絹布を手に取ると、柔らかな瞳を和輝に返した。


「和輝君だね、よろしく。これは君の“刀”と同じだよ。僕も君と同じさ。……“ま”を祓う力を持った道具に選ばれた一人、と言うことだね」

「逢坂さんも……?」


 和輝は道具の成り立ちの話――摩耶(マヤ)の言葉を思い返していた。

 道具とは、十の世界に分けた“古の魂”を封印したモノ。和輝の持つ刀の“ま”を祓う力も、封印された魂があっての所業であった。

 つまり、同じ事が出来ると言う刹那もまた“天界”以外の世界が――“古の魂”が封印されている道具の所有者であると言う事で間違いないのであろう。


 だが、同時に“かつて、神社に納められていた道具たちは何者かに持ち去られた”という摩耶の言葉が脳裏をよぎる。

 摩耶の言葉をそのまま信じるとすれば、今、目の前にあるこの“道具”も()()()()()()である可能性が高い。


「ああ、敬語じゃなくて良いよ。僕もそのつもりだから」

「……へ、あ、ああどうも」


 和輝の思考は優しげな刹那の声に妨げられ、顔を上げる。


「“袖触れ合うも多生の縁”……元は一つの魂に呼ばれ選ばれた者同士なんだ。僕は、君との出会いを。この(エニシ)を心から嬉しく思うよ」


 和輝の猜疑心に一切気付いていないのか……刹那はまっすぐで(テラ)いのない言葉を飾り並べる。

 目をそむけたくなるほどに優雅な刹那の振舞いに、和輝は喉まで出掛かった“かゆくなるからやめてそれ”の一言を心の奥に押し殺し苦笑いで返すほかなかった。


「ま、まあ。えっと、宜しく……逢坂さん」


 またも考える事が増えた気がして、和輝は小さく息を吐く。

 それに関しては、近いうちに師匠か摩耶に聞きに行こう。和輝はひとまず自分自身に言い聞かせる傍ら……

 このスムーズに進みすぎる話の展開を前に和輝には気になっていたことが一つ、残っていた。


「……なあ風見。今日の水瀬はどうしたんだ?」


 そう、夢姫が異常に大人しいのである。

 母とのやり取りで一瞬元気を取り戻したように見えた夢姫であったがここまで喋らないと逆に不気味なのだ。


 刹那はいわゆる、夢姫が好きそうな“イケメン”である。

 既に八雲へのテンション高すぎるやり取りで辟易していた和輝にとって、夢姫がイケメンを前にしてここまで静かなのは逆に怖い状況であった。


「分かりません。夢姫がこんなに喋らないのって生まれて初めてかも」


 梗耶も同じ考えなのだろうか、神妙な面持ちでメガネを指先で押し上げる。

 “生まれて初めて”は言いすぎなのではと一瞬思った和輝だが、水瀬ならありえなくないかとすぐさま納得する。それゆえに“これは異常事態なんだ”と認識したのだった。


 二人がこの異常事態に首を傾げる中、蚊帳の外となっていた刹那が二人の視線の先にいる夢姫に歩み寄り、その頭を撫でる。

 夢姫はもともと大きい目を更に丸くさせ、自身より少し背が高い刹那の整った顔を見上げた。


「怖い思いさせてごめんね、怪我はないかい? 夢姫ちゃん」

「なななな、ない、です!」


 つきあいの浅い和輝はもとより、幼馴染である梗耶でさえこれほどまでにとり乱す夢姫は初めて見る。その意外すぎる夢姫のリアクションを二人が傍観していると、ふいに刹那の視線が和輝に向けられた。


「……ん?」


 首を傾げる和輝をよそに刹那が夢姫の手を取ると、少女マンガのように甘いキスをその手の甲に落とす。

 おとぎ話のラスト、姫を迎えに来た王子様がそのまま絵本から飛び出して来たような光景を前に、和輝と梗耶は顔を見合わせ言葉を失ってしまっていた。


「へ、ぽにゃふ!?」

「夢姫ちゃん、僕は君の事を知りたい。……そう、君のすべて。許されない事だろうか……?」

「へ、は? へ? はい!?」


 夢姫の顔は見る見るうちにリンゴのような赤に染まる。自由を奪われたままの手を引き抜くと刹那から離れ硬直したままの梗耶の背中へ隠れてしまっていた。


「……案外シャイなんだね。そう言うの可愛いよ。愛らしくって意地悪したくなるけど……強引なだけの男は嫌われちゃうね」


 三者三様に言葉を失い魔法に掛かったかのように身体を硬直させる中、刹那は王子様のように優雅な礼をして見せる。


「今日は動き回ったから髪もボサボサ……お姫様をお迎えできる姿じゃないね。……また来るよ、夢姫ちゃん、君を(サラ)いにね」


 どこがボサボサなんだ。それ言ったら和輝さんなんて年中髪の毛はねてるんだぞ。

 梗耶が脳内でつっこみを入れているとも露知らず、刹那はひらひらと手を振り歩き去って行ったのだった。


 ――しばしの沈黙が三人を取り巻く中、一番に魔法が解けたのは夢姫であった。

 キスされた手の甲をじっと見て、頭を自分で撫でてみて――固まったままの梗耶の目の前に立ち両肩を掴むと前後に揺さぶり始めた。


「ねねねねね、あ、あれ、どゆこと?!」


 夢姫に揺さぶられるうちに梗耶にかかった魔法も解けたらしい。振り落とされそうな眼鏡を両手で押さえると、夢姫から離れた。


「ゆ、夢姫……あの人、お金で雇ったんですか? じゃなければそうとう目が悪いのか精神を汚染され」

「失礼な!」


 最後になって、ようやく魔法が解けたのか、和輝が深いため息を落とす。


「あの人の真意は分からないけど、あれってつまり……」

「み、な、せ……!」


 ――和輝が導き出した結論を口にしようとしたその時、その背後からの声に遮られた。


 梗耶と和輝が振り返ると、そこには夢姫のクラスの担任、続木の姿。夢姫を探していたのだろうか……足腰に疲労がにじみ出ている。歪んだままのネクタイを整えようともしないその風貌、まさに満身創痍の姿であった。


「……あ。やば忘れてた」


 夢姫が続木を指さし、素っ頓狂な声を上げる。そう、体育館での約束を思い出したのだ。

 続木はあれからずっと夢姫を探していたのだろう……。その怒りのボルテージが“夢姫”という燃料を目の前にどんどん上がって行くのが見て取れた。


「ねー先生言いましたよねー? 動くなって。ちょっと目を離した瞬間にもういなくなっているとか、まだ犬の方が話通じるんですけど? しかも他の先生に聞いたら不良煽ってどこかに行ったとか……ねえ水瀬さんは俺の事そんなに嫌いなの? ねえ、ねええ……!!」


 先生の剣幕に、和輝と梗耶は顔を見合わせ、苦笑いするしかない。

 祭りの後の静寂に、続木の怒りに満ちた絶叫はいつまでもこだましていた。


【登場人物紹介】

水瀬ミナセ メグミ

 夢姫の母親、三十代後半、お団子ヘアーがトレードマークの小柄な女性。人見知りですぐに泣く。

 和輝曰く「生命の神秘」


逢坂オウサカ 刹那セツナ

 和輝と似た力を持つ道具“絹布”の持ち主。整った顔立ちの美少年であり、振舞いも言動も王子様チック。和輝曰く「こっちが恥ずかしくなる」

 

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