17-7
――“黒い手”達はよりどころを失い、その身を微かに吹き抜ける風に揺らめかせ少しずつ身を寄せ合っていく。そして、身を寄せ合った“黒い手”が徐々に巨大化し、それは人の形を成し和輝と美少年の前に立ちはだかった。
それも一体だけでは留まらない。
同じように“黒い手”達は人の形を成していき、一体、また一体と次々に地面から湧き出してくるのだった。
「“刀”の君! そっちは任せたよ!」
「ああもうきみきみうるさいな! 言われなくても分かってる!」
“ま”に対峙した時にだけ垣間見える、赤みがかった強い眼差しを灯した和輝が強い口調で美少年に言い返すと刀を構え、次々と湧き上がってくる“ま”を光に返す。
美少年もまた、飛びついてくる“ま”の攻撃をかわしつつ光をまとう布で覆ったこぶしで殴り、散らせていった。
“ま”は散ってはうごめき、またくっついて――幾度か繰り返していたが徐々に数は減り行き、いよいよ最後の一体になる。
行き場を失った最後の一体は和輝達から逃れるように、梗耶と夢姫がいるベンチの方へ這い寄って行く。
それを和輝が阻み、二人を守り構える。漆黒の身体の向こう側、和輝と対極の位置で美少年は絹布を巻き直し長い髪を風に任せた。
「――姫君を怯えさせた罪は重いよ。罪には罰を……君に与えられる罰は少しばかり痛いかもね!」
美少年が妖艶な声で微笑むと、黒い人型の頭部のような部分に手をかざす。
すると、美少年が触れた箇所から、焼け焦げるかのように煙のような光が立ち上り――“ま”は苦しむようにその身体を左右上下に揺り動かし始めた。
「あのさ、初対面でこんな事言うのも何だけど……寒気がするから“それ”やめて!」
――和輝がその人型の胴体を縦に切り裂くと、切っ先は光となり溢れ出し……やがて全ての靄は光となり空へ溶けていった。
―――
最後の一体を光に返し終わると、辺りを渦巻いていた重苦しい空気は影を潜め静かな裏庭の様相を取り戻していた。晴れ晴れとした秋空を取り戻した裏庭と裏腹に、和輝は深いため息を落とす。
――そう、戦っている真っ最中はそれどころでなく意識もしていなかったが……。
つい先ほどまで戦いに身を置いた空間……ここは自身が通う高校。当然ながら学校生活を共にしている級友の目もある時間帯である。
“ま”というものはほとんどの人に全く見えないモノ。……つまり、今の和輝達は傍から見れば“目に見えない何かと戦うちょっと危ない人”なのだ。
その冷たい視線が気になるがゆえに、普段は夜や人目に付かないところで戦う事を心がけていた和輝であったが……この時ばかりはごまかしようがない。
白昼堂々とんでもないものを見られてしまった、と深いため息をつき辺りを見渡した。
「何アレ!? あの黒いのどういう仕組み!?」
「え? 黒いの……って何? 俺見えなかったけど?」
「ねえねえこっちでも劇やってるよ~!」
突き刺さる視線に戦き、和輝達が周囲を見渡すと逃げた筈の人々が戻り、先ほどよりもはるかに上回る人数が裏庭に集まり始めていた。人が人を呼び、黄色い嬌声を上げる女生徒の声が響く。
「ああ、なるほど。君達の服装が服装なだけに“物語の主人公”と思われたようだね。“戦う執事”君と、姫を守る“メイド”さん?」
美少年が納得したように声を弾ませ和輝達にウインクしてみせる。
あんたの発言行動も一因だろ、と和輝は相も変わらず血ののついた燕尾服、梗耶はロング丈のメイド服姿のまま思考をリンクさせた。
「これは……いっそのこと、演じきって魅せた方が得策かもよ。“執事”君」
「あ? ……あ、ああ」
美少年は戸惑う和輝達に微笑みかけると、王子様のような礼をして見せる。
「ありがとう、君のおかげで姫にかけられた呪いも解けたようだ」
美少年の堂々たる振る舞いに和輝は戸惑いを露わに梗耶へと視線を送ってみたが、梗耶も首を振るばかり。尚も帰る気配の感じられないギャラリーの好奇の視線を背中に受け、ここは美少年の言うとおり合わせるしかない、と判断した……が。そうそう簡単に演技が出来る性格でも無い。
「と……当然の事をした、まで、です」
上ずりそうな声を抑え、どうにか言葉を絞り出すだけで精いっぱいとなっていた。
だが、まるで演じなれた舞台役者のような振る舞いで美少年は和輝に微笑みかける。そして次の展開を待ちわびるギャラリーに向かい立つと、片手を広げ優雅な礼をして見せた。
「お集まりの皆さま、これにて物語は閉幕となります。……この後、僕たちがどうなるか? 物語の続きは皆さまの手で紡いでいってください」
その姿はさながら舞台に華を飾るトップスターのようで、見守っていたギャラリーはもちろん……和輝でさえも拍手を送りたい気持ちに駆られた。
女生徒の黄色い歓声に包まれる中、美少年は和輝にウインクしてみせ、この騒ぎの真っただ中にあっても尚も心ここにあらずな夢姫の背に手を添え誘導しながらその場を後にする。
ごくごく自然な美少年の振舞いに思わず見送りたくなっていた和輝だったが……慌てた梗耶に促され、美少年たちの背を追って校舎の中まで走り逃げたのだった。
――物語の終幕後の様な余韻の中、未だ熱冷めやらぬ様子のまま、観客であった人々が裏庭から立ち去って行く。
体育館、校舎内の出し物、校庭の屋台――皆が各々の目的地へ足を向ける中、人の流れに従わない一人の少女がただ一人残っていた。
「見ーちゃった、ねー? ライタくん」
くすくすと無垢な笑顔を浮かべ、胸に抱いた犬のぬいぐるみに声を落とす。
「美咲くんにも教えてあげないと、ねー?」
ぬいぐるみからの返事はない。喋るはずがない。手の中で無機質に四肢を投げ出したままのぬいぐるみに少女が笑いかけると、弾むような足取りでその場を走り去って行ったのだった。




