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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
17.世に並び無く端正にして
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17-5


 夢姫は一目散に逃げ、裏庭にたどり着いた。和輝がいるはずの本校舎を見上げ“逃げる方向を間違えた”と微かな後悔を宙に投げる。

 夢姫がいる裏庭から本校舎内へ入るには、走ってきた道を引き返す必要がある。それもまた危険かと夢姫は周囲を見渡す。

 幸い、まだ不良たちは夢姫を追いかけて来ていないらしい。


 この裏庭には屋台や催し物は準備されておらず、屋台で買い物をした人だろうか、数人がベンチで休憩している程度で比較的落ち着いた一画となっていた。


「疲れたー! もう、ノド乾いちゃった……」


 追いかけられていないと安心した夢姫は空いているベンチに体を投げ出す。体育でも真面目に走らない夢姫が、長距離をさぼらず走りぬけてきたのだ。

 細い足には既に筋肉痛の予感が漂っている。


 足をさすり、今からどのように逃走するか――プランを練っていた夢姫は、ふと誰かが歩み寄ってくる気配を感じ顔を上げた。


「――あの、君」

「うげ!? もう来……え? あっ」


 静かに歩み寄ってきた気配に、不良たちの誰かがやってきたのだと思い構えた夢姫だったが――投げかけられた優しげな声に言葉を失った。


 ――そこにいたのは、長身ですらっとした美しい少年。

 優しげな瞳を守るように、まっすぐ、そして長い睫毛。綺麗な肌、整いすぎている目鼻立ち。

 並の女性より美しいという言葉が似合うかもしれない。夢姫はそう息をのんだ。


 声は出なかったが、夢姫は条件反射的に投げ出していた足を行儀よく閉じて短いスカートの裾を懸命に伸ばす。


 美少年はそんな夢姫に優しく微笑み、ベンチに行儀よく座った夢姫の視線に合わせるように片膝をつきしゃがみ込んだ。


「……君、この学校の子だよね? ちょっと聞いても良いかい?」


 その所作も甘い声も出で立ちも……まるで王子様のよう。普段年上だろうと敬語を使わない夢姫は珍しく緊張を覚えていた。

 美少年が言葉を紡ぎかけ、夢姫が大人しく耳を傾けていたその時。――複数人の騒がしい足音が穏やかな空気を切り裂き、二人は騒ぎの主を目に捉えた。


「うげ?! テンプレーズ!!」

「……テンプレ?」


 大人しくしていた夢姫だが我に返り慌てて立ち上がると、いつもの調子で声を上げる。

 教師たちの制止を振り切った一部であろう。不良の一団は人数こそ減ったものの夢姫を探していたのだ。


「……クソ女! ここで会ったが三年目!! 軽口聞けないように教育し直してやんよ!」

「セリフまでテンプレだし!」


 裏庭でゆったりとした時間を過ごしていた人々は、騒ぎに気付くと戸惑いの声を上げ逃げていく。不良たちは夢姫と……そして状況が飲みこめていない様子の美しい少年を取り囲むと、指を鳴らしこぶしを構えていた。



 ―――



「――ちょ、ちょっと和輝さん、あれ!」


 一方梗耶と和輝。二人とも午前の部のみの時間配分であった為、無事仕事から解放され昼食を買いに屋台のあるグラウンドへ向かっているところであった。


「夢姫じゃないですか! ……あの変なツインテールは絶対そうです! 何か、揉めてる……?」


 声を震わせ、窓の下へ視線を落とす梗耶に習い……和輝もその指先を辿り見る。

 そこには確かに見覚えのある変なツインテールと見知らぬ誰か。そして――それを取り囲む団体の姿があった。


「……あいつ、今度は何やったんだよ」

「和輝さん、行きましょう! 夢姫はともかく、誰か巻き込まれているみたいです!」


 梗耶が和輝の服の裾を引っ張り、二人は裏庭へと急ぐのだった。



「――可愛い女の子の前で、ずいぶん粗暴だね。君たちは彼女の友達なのかい?」


 状況が呑み込めていない美少年は、殺気立った不良たちの一人に茶化したように言葉を紡ぐ。

 だが、相当気が立っているらしく、不良は唾を吐き返した。


「ちょっと! この人は関係ないでしょ! きったないなー! ばーかばーか!」


 夢姫が舌を出し言い返すと、その言葉に不良たちが激昂し拳を振りかざす。

 気の強さでは不良たちに一切引けを取らない。夢姫が対抗しようとその手に意識を集め黒の杖を片手に握り締めた瞬間だ――


「そう。友達じゃないなら、遠慮はいらないね」


 ――美少年は夢姫を制するように守り、前に立つ。

 甘く、どこか残酷さを秘めたような声と共に明媚な微笑みを浮かべたかと思えば――向かい来る不良の懐に素早く踏み込むと、その腹部目がけ握った拳で思い切り殴り抜いた。


 細身に見える少年だが、その一撃は不良に効いたらしい。

 夢姫があぜんとしている傍らにはお腹を押さえ(ウズクマ)る不良と、優しげに微笑む美しい彼の姿があるのだった。


 不良たちが蹲ってしまった仲間を気遣い集まる傍ら、美少年は夢姫の視線に気付いたようで微笑みかける。

 遊惰に歩み寄ると、夢姫が握りしめている杖の上から、細く長い指を重ね、包み込むように優しく握ると、夢姫の耳元に整った顔を寄せた。


「可愛いお姫様にそんな物騒な武器(荷物)は似合わないな。……大丈夫だよ、僕に守られてて」


 囁くような甘い声と、少年の美しい髪から運ばれてきたフルーティで甘い香りが夢姫を包む。


「……へ?」


 その時、心の奥底で別の何かが生まれたかの様な、深い鼓動が夢姫を打ち鳴らす不思議な感覚がその身を取り巻いた。


 ――何かを思い出しそうで、思い出してはいけないようで。

 気持ち良いようで、キモチワルイナニカ――



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