17-3
――同じ頃。
手入れの行き届いた校庭では部活動生たちが切り盛りする屋台がお昼時を前に活気づいている。
運動部生たちの熱気あふれる呼びこみに耳を塞ぎ、佐助はため息をついた。
「くだらん。目的意識のない祭りなど、祭りと冠するに値しない」
悪態づきながらも佐助がここ、明陽学園の学園祭を訪れたのは他でもない。
「摩耶様の為、摩耶様の為だぞ佐助……摩耶様をこのような低俗な地へ来させてはならない……」
そう、摩耶が佐助に言いつけた任務の遂行の為である。
“灯之崎 和輝の監視”……その命を忠実に守るため、佐助は休日を返上して学園祭が行われている真っ最中の明陽学園を闊歩しているのだった。
「そもそも、祭りとは儀礼行動であったはずだ。それなのにこの低俗な者どもは神を忘れ浮かれ騒いで……ん?」
人込みをかき分けて構内へ進み行く佐助は、ふと頭一つ飛び出た派手な色の男たちに気付き、足を止める。
派手でカラフルな髪色、明陽学園のものではない学ラン姿の一団は一目で分かる不良集団の出で立ちだ。
彼らは以前、夢姫が喧嘩を売った相手でもあったのだが、佐助は知る由もない。
ただ“治安の悪い地域だな”などと嘆かわしい視線を投げるばかりでため息をついた。
佐助がそんな文句を心にとめている事など露知らず。
不良たちは下品な言葉を並べ立て、楽しげに笑いあっていた。
そんな中、前方から歩いてきていたらしい誰かがすれ違いざまに不良の一人にぶつかったらしい。
――佐助の目の前に、摩耶と同じくらいの年の少女がよろめき尻もちをついた。
「おっと、悪い悪い! 大丈夫か?」
祭りの雰囲気に酔ったままなのか、不良は上機嫌なままへたり込んだ少女に手を差し伸べる。
すると、少女は両腕に抱きしめている犬のぬいぐるみに耳を傾けるような仕草を見せる。
当然だが、ぬいぐるみが喋るはずがない。だが、無垢な少女はうんうんと頷くと、やがて不良たちに笑顔を見せた。
「……“ライタくん”が、機嫌が良いから、許してあげるって言ってる。……大丈夫だよ、お兄さん」
「お、おお? あーそのぬいぐるみねー、ライターっていうの?」
「“ライター”じゃなくて、ライタくん!」
「あっはっはっはウケる! あーはいはい、ライター君な! じゃあ、ライター君ともども楽しんで行けよ!」
少女がほこりを払い立ち上がると“ライタくん”と称した犬のぬいぐるみを不良に差し出す。
あまりに無垢な少女の振舞いに、不良は意地の悪い声で笑い飛ばしぬいぐるみの頭を乱暴に撫で、そして仲間たちともども人々の雑踏へ埋もれていった。
その時、ぬいぐるみの頭……不良が触れた箇所から、黒い靄のようなもの――“ま”がにじみ出た事に佐助は気付き声を上げた。
「おい子供! ……ちょっとそのぬいぐるみ、貸せ!」
不良とは別の方向、校舎の方へ歩き出そうとしていた少女の肩を乱暴に掴み、佐助が強い言葉を投げつける。
その剣幕はかよわい少女にとって恐ろしいものであるはず。だが、彼女は臆する事もなくぬいぐるみを抱きしめ直すと不思議そうな瞳で佐助に向き直った。
「ぬいぐるみじゃないよ? “ライタくん”なの」
「そんなことはどうでもいい。そいつを貸せと」
「いや」
「貴様」
「貴様じゃないの。優菜には優菜って名前あるもん」
話は完全に平行線。
佐助にとって相性は最悪のようで、話が通じない“優菜”という少女に苛立ちを隠せずにいる。
その傍ら、少女はぬいぐるみに耳を傾け、傾聴しているそぶりを見せるとやがて佐助の顔をまっすぐに見つめた。
「……あなた、久世くんっていうのね? んとね、ライタくんがね、君の事嫌いだって言ってるの。……今すぐえーい! ってやっつけちゃいたいとこだけど、今日は他のお友達を探したいからまた今度にするね、だって!」
「……は!?」
佐助は、初対面であるはずの少女が口にした耳馴染みのある自身の苗字に目を見開き、間合いを取る。
舌足らずでたどたどしい極めて幼い言葉とは裏腹――物騒な言葉の羅列に違和感を覚えた佐助は、常に持ち歩いている木刀を手に構え少女を強く睨みつけた。
だが、意に介さず少女はぬいぐるみの手を握り踊るようにくるくると回ると、殺気立った佐助に満面の笑みを返し、両手を振り人の往来の中へと消えていったのだった。
「あ、おい待て……くそ! 何なんだ、あのガキ……」
―――
――その頃。梗耶は、級友たちの好奇の視線に耐えかね自身を探していた女性、そして和輝を押しやり教室の外へ連れ出していた。
ようやく女性のテンションも落ち着いてきたらしい。ずっと握りしめていた梗耶の両手を離すと、今度はもじもじと指先を弄び言いにくそうに梗耶を見つめた。
「……あ、あのね、きょーやちゃん。ゆめちゃんどこにいるか知らない? さっき教室覗いてみたけどいなくてね」
「夢姫なら午後から劇があるので体育館にいるんじゃないですかね?」
ゆめちゃん、それは和輝にとって聞きなれない呼び方であったが、梗耶にはすぐピンときた様子で体育館の方を指さす。
また道に迷いそうだな、と直感的に思った和輝が受付用に残していた校内のマップを女性に手渡すと女性はマップをまじまじと見つめ、やがて頭を深々と下げた。
「あ、あの……優しい子だね、君。えっと……ありがとうね!」
女性は弾けるような笑顔で、遠慮がちな言葉を和輝に手向けると子供を褒めるように頭を撫でようと手を伸ばした。
……が。平均的な高校生より少し背の高い和輝の頭に、梗耶より背の低い女性の手が届くはずも無い。女性はプルプルと小動物のように震え、目に涙をためながら背伸びをした。
いたたまれなくなった和輝がしゃがんであげると、女性は満足そうな表情で和輝の頭をなでる。そしてそそくさと走り去って行ったのだった。




