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「――なるほどね。……結末はハッピーエンド、と言うことが決まっているのなら、話のテーマが決まれば後は簡単だと思うわよ」
夢姫と詠巳は顔を見合わせると、お互いの言葉を待つように口をつぐんだ。
助け舟を出すように楓李は手を叩くと、綺麗な微笑みを湛える。
「例えば。ラブロマンスなんて書きやすいと思いますよ? 恋が成就したらハッピーエンド、ですから」
ラブロマンス。その言葉の意味が分からないはずも無く、詠巳と梗耶は「なるほど」と各々の思考に耽る。
その傍らで夢姫は、摩耶に突き付けられた問いかけを思い出していた。
――“犬飼詠巳のように”恋人が欲しい? “風見梗耶のように”刺激的な体験がしたい? “灯之崎和輝のように”非日常に身を置きたい?
「あたしの、願いは――」
幼き日の鮮烈な記憶、梗耶の絶望を目の当たりにしたその日から、夢姫の願いは決まっていたはずだった。
和輝と出会ったその日から、夢姫の願いは叶い始めていたと思っていた。
「あたしの、“ハッピーエンド”ってなに?」
どこを探せば見つかるかも分からない漆黒の闇の様な自身の心。
思わず口をついて出ていた心の叫びは梗耶達の耳にも届いていたようで、梗耶は呆れたようにため息をつくとメガネを指で押し上げた。
「……何で夢姫の“ハッピーエンド”の話にすり替わってるんですか? 私は関係ないのに一緒に考えてあげてるって言うのに。夢姫も真面目に考えて下さいよ」
「え? ……ああ、ごめん。何でもない」
梗耶の呆れかえった視線を一身に浴び、夢姫は取り繕う様に謝るとちょうど良い温度になっていた紅茶を一気に飲み干した。
「ああ、そうね……じゃあ。先に役を当てはめてみてそこからストーリーを組み立ててみるって言うのはどうかな?」
三者三様に悩む様子を見かねたのか、中々進まない話の中、楓李が明るい声を紡ぐ。
「ラブロマンスなら登場人物は、男の子と女の子と……ライバルがいると話も盛り上がりますよ」
「あー……夢姫達のクラスで、男の子役をやるなら学年でも五本指に入るという噂のイケメン、立花君でしょうか。その相手役を選ぶならそれなりに人気のある女子か、もしくは批判を受けにくい人である必要がありますね」
楓李の提案を補足するように梗耶もまたキャストを組み上げていく。
そこは流石としか言いようがない、学園内の情報通である梗耶固有のスキルともいえよう。
「立花君……同じクラスだけど、私は話したことがないのよね。夢姫さん、どんな人?」
「あいつなー……この超絶美少女のゆーきちゃんがお昼とか誘ってもムリって突っぱねやがるし~……かと思えば、周りには女の子みたいな男子とかいるし、“そっち”なんじゃない?」
「夢姫が単純に嫌いなんじゃないですか? しょっちゅう授業妨害してるらしいじゃないですか」
梗耶の揚げ足取りの一言に夢姫はテーブルに身を乗り出し梗耶の前髪を掴みにかかる。
ティーセットを運ぶ役目を終えたお盆片手に夢姫の攻撃をかわしながら、梗耶も言い返していた。
「……閃いたわ」
低レベルな争いを始めた夢姫達をよそに、詠巳が声を上げる。
「主人公はお姫様を守るナイト。だけど、そのお姫様は悪い魔物の呪いで男の姿に変えられてしまうの。旅の末にナイトは辛くも魔物を倒すけど、何故か呪いは解けないまま。悲痛の内にナイトは傷が深く倒れてしまい……お姫様は涙し、失意のキスをする。すると呪いは解け、ナイトの傷も癒えてハッピーエンド……とか。ど、どうですか、楓李さん?」
詠巳が語気を強く一気に捲し立てるようにそう紡ぐと、楓李は「素敵な話よ」と詠巳に微笑みかける。
その笑顔に詠巳もまた、恥じらいを含んだはにかむ笑顔を湛え、返した。
「ん? ……とすれば、立花君がナイトをやるんだろうけど……お姫様は?」
争いを終結させ、息を整え直した梗耶がふと辿りついた疑問に首を傾げると、詠巳は口角を釣り上げ笑みを見せる。
「立花君と一緒にいるっていう可愛い系の男の子に女装させれば良いだけじゃない? その為に道中は男の姿にしてるわけだし」
それ、断られたらもめるんじゃないかな。
そんな疑問が梗耶を取り巻いていたが、それを言ってしまえばまた話が振り出しに戻ってしまう気がして、口を閉ざしたのだった。
―――
――すっかり日も暮れたころ、夢姫と詠巳は帰路に立つ。梗耶に見送られ、二人は同じ帰り道を歩いて行った。
「あのさ……よみちゃん」
帰り道、夢姫は暗闇に溶け入りそうな服装の詠巳の背中に声を投げる。
いつもより少しだけ元気が無いその声に気付き、詠巳は振り返ると優しい声でたずね返した。
「どうしたの、夢姫さん」
「うんとね、よみちゃんはさ……彼氏さんに、自分からコクったの?」
「……ええ。私からよ? 彼は鈍い人なのよ」
「そっか。じゃあ……やっぱりよみちゃんはその彼の事が好きなんだね。好きだから、彼氏にしたいって願ったんだよね」
「え、ええ」
唐突な質問に、詠巳が戸惑いを見せる傍ら、夢姫は悩んでいたのだった。
「“好き”ってなに……? あたし、分からないのかもしれない」
「ねえ、夢姫さん? 誰に何を言われたのかは知らないけど……恋をしよう、なんて思わなくて良いわよ。時が来たら自然とそう言う気持ちになるものだから。自分自身の気持ちと向き合っていなさい」
風が吹く。向かい風が露わにする詠巳の瞳は、優しく夢姫に微笑みかけていた。
「……う、うん、そうだよね……?」
今はまだ分からない感情。夢姫は迷いを振り払うように首を何度も降ると、詠巳に笑い返したのだった。




