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「――お待たせしました。伯母さま、家にいるそうです」
女子三人は梗耶を先頭に閑静な住宅街を抜けていく。
夕焼け空に染まる家々からはテレビの音や小さい子の話声がもれ聞こえていた。
やがて、角に立つ大きな一軒家の前につくと、梗耶はカギを開けておしゃれな玄関の門を開けた。
「……ちょっと待ってて下さいね。伯母を呼んできます」
まだ新しい木の匂いのする小綺麗な応接間に通された夢姫と詠巳は、梗耶に促され伯母を待つ。応接間の奥の扉、その向こうからは話し声やパタパタと歩く音だけが聞こえた。
詠巳にとって、梗耶の伯母はあこがれの存在だ。
そのあこがれの存在に会える待ち遠しさからか、落ち着かないらしく、詠巳はふかふかの座布団の上で何度も座りなおしたりローブの形を整え直したりして、気を紛らわせる。
ふと、そんな詠巳は写真立てに飾られた一枚の写真に目を奪われた。
若い男女が、幼い少女二人を守るようにして並んだ写真。
古びた写真の中で微笑む女性は梗耶によく似ていた。
「よみちゃんどうしたの……ああ、あれ? あれね、きょーやの本当の両親だよ。……ほら、十年くらい前にデパートで火災事故があったじゃん? あの時、家族全員死んじゃったんだ」
心ばかりの気遣いなのか、いつもの弾けるような声ではなく遠慮がちな小さな声で夢姫が言葉を紡ぐ。詠巳はもう一度小さな写真に視線を運んだ。
まだ、恐怖の感情など知らないであろう少女たちの無邪気な笑顔が、梗耶の胸の内を物語るようで――詠巳は目を伏せた。
「あ、その写真の右の方……桔子って言って、きょーやの妹なんだけど……助からなかったんだ」
「……この子が」
「そうそう、きいちゃんは泣き虫でさー」
夢姫は幼い頃の記憶を思い出したようで、勢いよく立ちあがると古い写真を手に取った。
写真を片手に言葉を紡ごうとしたその時、扉の開く音と共に、上品な佇まいの女性が静かに二人の元へ歩み寄ってきたのだった。
「お待たせしてごめんなさい。梗耶がいつもお世話になってます……伯母の、風見楓李と申します」
楓李は、詠巳達の親世代よりは少し上の四十代ぐらいであろうか。
年相応に小ジワをその小さな顔に湛えてこそいるものの、綺麗にまとめあげた髪の毛や落ち着いたメイク、振る舞いの美しさを兼ね備えた美しい女性である。
挨拶をし軽く会釈をすると、詠巳は普段とはまるで別人かのようにピシッと姿勢よく座りなおし深々とお辞儀をした。
「……こ、こちらこそ、風見さんには無理を聞いてもらって、ありがたく思っています、本日はお忙しいところお時間頂きまして、ありがとうございます」
和輝が見たら自身の目を疑っていそうな程に詠巳は丁寧に、そして深々とお辞儀する。
楓李は優しく微笑んでいた。
「礼儀正しいお嬢さんね~。そんなに畏まらなくて大丈夫よ? 私なんて、ただのオバサンですから」
「とんでもない! ……小説、ずっと読んでて、ファンなんです」
楓李の後を追従していた梗耶が夢姫と詠巳の前にティーカップを並べると、フレーバーティーの甘い香りが室内に漂い始める。
出来る限り静かにカップを並べようと心掛けていた梗耶であったが、普段の姿とかけ離れた詠巳の姿に驚きを隠しきれずに夢姫のティーカップは紅の雫を皿にこぼした。
「ファンだって……お世辞でも嬉しいわ~」
「本当です! 憧れの風見先生にお会い出来るなんて……風見さんに取り入ってて良かった」
「よみちゃん、本音もれてるもれてる!」
梗耶にしてみれば完全に面白くない展開である。
自分の世界に籠りかけている詠巳を現実に引き戻すかのように大きく咳払いをして見せると、梗耶は前のめり気味な詠巳を今一度座り直させた。
「……で。伯母さまに何をご相談なさるんですか?」
梗耶が詠巳に呆れたような視線を投げると、それに気付いた様子で詠巳も咳払いをする。
少し落ち着いたのか、詠巳はまた姿勢を正すとこれまでのいきさつ、続木が提示した条件を楓李に説明したのだった。
【登場人物紹介】
風見 楓李
梗耶を引き取り育てている伯母。
四十代半ば。梗耶に似た雰囲気の年相応の上品さを兼ね備えた女性。




