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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
15.女に触ばふ事は、永く離にたる
63/144

15-3


 ――勾配のついた河原を早足で上るソラを、佐助は転げてしまわないように後ろから支えついて行く。


「……それにしても。何故指輪があんなところに落ちておったのだ? いじめにでもあっておるのか?」

「え? ……いいえ、そうではありませんよ! ちょっとわけがありまして」


 河原を登りきり、もう一度丁寧に頭を下げたソラは首を横に振る。

 佐助が次の言葉を紡ごうとした時だ。

 蝉の声にまぎれ、濁った猫の鳴き声が佐助の耳に届き――

 ――その瞬間足元にもふもふとした感触と、全身を揺るがす確かな衝撃がその身を襲ったのだった。


「な……!? ……ね、猫……?」


 佐助はバランスを崩しかけた態勢を整え直し、戸惑いの様相で足元のもふもふした主を見下ろす。そこにいたのはマリンである。何やら興奮した様子であり、喉を低く鳴らすと濁った鳴き声と共に迫力に欠ける威嚇ポーズをとっている。


「――マリン! ……って、あ? ソラと……なんで佐助が……?」


 ソラがマリンの扱いに困り手をこまねいていると、遠くから和輝の声が聞こえてきた。

 どうやらマリンを追いかけてここまでやってきたようだ。しゃがみ込みその手に握っていたいりこを低い鼻の前でちらつかせる。

 ……すると、マリンはいりこに興味をもったらしい。鼻を鳴らし和輝に歩み寄ると、その手ごといりこを口の中へ運んだのだった。


 いりこに満足したのかマリンは少し落ち着いた様子で大きくあくびをし、丸々とした身体を伸ばす。

 ――その様子を眺め、和輝とソラは安心したように息を吐いた。


「ソラ、怪我はないか?」

「あ、はい……さっきはもっとこうふんしてて……とつげきされて、こけましたけど、だいじょうぶです。かずきさん、ありがとうございます」


 ――どうやらマリンがよその猫と喧嘩をしたらしく、朝から興奮状態にあったらしい。

 マリンの動向を心配し、探していたソラは突進攻撃を受けてしまったらしい。その時に指輪を落としたようだ。


 ……と、そこまでは理解に早かった佐助だが、それよりも気にかかった事があった様子で、自分抜きで進む和輝達の会話に割って入るとわざとらしく咳払いをして見せる。


「……この小僧は灯之崎の弟なのか?」

「あ? ……そういやお前何でここにいるんだよ?」

「まず僕の質問に答えろ愚か者め」

「ああ?」


 売り言葉に売り言葉で返す。全くと言っていいほどにかみ合っていない会話に、ソラは戸惑いながらも二人の手を引いた。


「か、かずきさん! あの、こちらのかたは、ぼくがおとしものをしてこまってたときにたすけてくれたんです」

「……こいつが?」

「ふん。帰っておる途中にこの小僧が入水自殺でも図っておるように見えたから、助けてやったんだ。光栄に思え」

「はあ」


 和輝に対してはやはり尊大な態度を崩さないまま、そっぽを向いてしまった佐助の元へソラが駆けよると、また小さく頭を下げた。


「かずきさんのごがくゆうとはぞんじませんで、しつれいいたしました! ぼくはソラともうします。かずきさんと、ちのつながりはないのですが……しんしょくはともにしています! いご、おみしりおきを!」

「……やけに小奇麗な言葉を使う子供だな? 灯之崎」

「多分、水瀬より頭良いと思うよ。俺も」



 ―――



 その頃の來葉堂では、頭が良くない方……もとい、夢姫がなにやら不服そうにテーブルにその華奢な身体を預けていた。


「イケメンとの出会い……デスティニー……!」


 肘をついたまま、右腕に冷たく光る腕輪を振ってみる。

 だが、やはり鈴はカラカラと乾いた音をその耳に障らせるのみで、夢姫は再びテーブルにうなだれた。


「もうクララさんで妥協すれば? そうしたら私は」

「ちょっと! 梗耶ちゃんその言葉は聞き捨てならないぞ!!」

「……失礼」


 夢姫の向かいに座り、呆れたように見守っていた梗耶が言いかけた言葉をクララが力強く制する。クララが運んできたお茶を夢姫は一気に飲み干すと、何か引っ掛かった事があるらしく目の前の梗耶を見つめた。


「きょーやさ、なんで急に佐助の事調べたの? タイプ? 乗り換えたの?」

「誰から誰に乗り換えるんですか? そして違います」


 好奇心を一切隠さない夢姫を切り捨てるがごとくばっさりと否定すると、梗耶は指先で眼鏡を押し上げる。少し言葉を探るように視線を泳がせると、やがて梗耶は小さな声で呟いたのだった。


「多分、私はあの子をどこかで見た事が……」

「え? なんだって? きょーや?」

「……何でもないです」


 梗耶は自身の記憶を辿る。だが、どうしても辿りつけないままのようで。

 誰に尋ねるでもなく首を傾げる梗耶を横目に――クララと夢姫も視線を重ねて首を傾げるばかりなのであった。



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