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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
15.女に触ばふ事は、永く離にたる
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15-2


「……ん?」


 ふと、川のせせらぎに視線を泳がせていると、佐助は川面を流れに逆らい進み行く子供の姿を見つけた。

 流れが速い川では無いものの、川には背丈の高い水草や大きな岩も臨在(リンザイ)している。うっかり足でも取られ、つまづこうものなら大けがは免れないだろう。佐助は忠告の意を持って怒声を小さな背中に投げた。


「おい子供! そこは遊び場では無いぞ!」

「……あ、ぼくですか? すみません、あそんでいるのではないのです」


 佐助の声に気付き、振り向きざまにその丁寧な言葉を返したのはソラである。

 ソラは視線を水面に泳がせ困ったようにはにかんだ。


「あの、じつはさっきそこのはしのうえで、だいじなものをおとしてしまいまして……そこのいわのすきまにはさまったようなので、とりにいくところなのです」

「岩の隙間……?」


 佐助はソラの視線を辿り、川のせせらぎに目を凝らす。夢姫たちに対するような刺々しさは影を潜めていた。

 せせらぎの中で静かにその身を横たえる大きな岩と岩のすきまで挟まるようにして小さな何かが日の光を反射させていた。


「あ、どうぞおかまいなく! あれをとったら、すみやかにてっしゅういたしますので」


 お構いなく、と言われてもどうにも無視できなかったらしい。

 佐助は深いため息を落とすと、靴と靴下を脱ぎ準備万端の装いであったソラを河原に押しやった。


「流れが遅くとも、この川の底は存外汚いのだ。……怪我したらどうする」

「でも」

「僕が取ってくる」

「わ、わるいですよ! みずしらずのかたにそのような」

「小僧が小難しい事を言うな。暫し待っておれ」


 傍目に見れば佐助も十分“小僧”であるし、小難しい言葉を並べ立てている事は同様なのだが――

 ソラは返す言葉に困り、ただ佐助の言葉通り待つこととした。


 この日は和装で無く、シンプルなシャツにズボンを合わせた至って普通の装いであった佐助は、ズボンの裾をまくり上げ、靴下と靴を河原に投げる。佐助の右ひざにやけどしたかのように黒ずんだ大きな(アザ)が見えたソラは思わず声を掛けた。


「あし、けがしてるじゃないですか。やはりぼくが」

「これか? ……小さい頃に怪我したらしい。痛みは無いから気にするな」


 心配げなソラの想いを汲み取り、優しくそう返すと佐助は水面へ足を入れ、岩場へと進む。

 真夏の太陽に照らされて、水面は眩い光をその瞳に照り返す。

 不安げな視線を背中に感じつつ、佐助は足を滑らせないように川を横断していった。


「あった、が……これは指輪か? 子供の癖に仰々(ギョウギョウ)しいものを持ち歩いておるな」


 やがて、辿りついた佐助が拾い上げたもの、それは銀色に光る指輪であった。

 大きな宝石があしらわれた、明らかに子供向けなデザインでは無い指輪だ。


 佐助はそうぼやくと、手のひらの上に乗せ指輪を眺める。まだ若い佐助にとって中々馴染みのない品である為、好奇心が勝ったのだ。


 女性向けの可憐な装飾で彩られた細いリングの内側にはただ一文字、“K”と刻まれている。

 “誰かのイニシャルであろう”と言う事はすぐに理解できた。……だが、それ以上の詮索も悪趣味であると感じた佐助は静かにせせらぎに足を逆らわせ河原で待つソラの元へ帰った。


「ありがとうございます! ……このゆびわは、このこの……おかあさんのかたみなんだそうです」

「は? この子? どの子だ」

「あっ」


 ソラは今言葉を紡いでいる……つまり幽霊である“ソラ”ではなく、体の主である“(ソラ)”の事を伝えようとして、そうそう話すべき内容では無いと察し口を押さえる。

 しかし、“覆水盆に返らず”とはこのことで、不可思議な日本語に佐助は怪訝なまなざしをソラに投げかけ首を傾げていた。


「え、えっとこのこ……じゃなくて、ぼくです! ぼくのおかあさんのかたみなんです!」

「うん? 他に誰もおらぬからそうであろうが?」

「あう」


 どうにか取り繕うと言葉を探しあぐねているソラをよそに、佐助は濡れた足をシャツの裾で拭い靴を履く。湿った足に靴下が纏わりつく不快感を、ソラに悟らせまいと胸の奥に押し込んだ。


「良く分からぬが、大事なものならばもっと慎重に扱うがよい。……あと、高価なものなのだから、そうそう人前に出さぬ方が良いぞ」


 ソラが今一度頭を深々と下げると、佐助は息をつきその頭を軽く叩いた。


「……だから、小僧がそう気を使うでない」

「あう」



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