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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
14.生死は必ず別離有り
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14-2


「――先程の様子を見るに、まずは“十界(ジッカイ)”について話した方がよさそうだな」

「十界……?」

「ああ。仏教の世界、その考え方の話だ。……十の世界が存在するとされている」



 地獄(ジゴク)……それはありとあらゆる苦しみに苛まれた境涯。


 餓鬼(ガキ)……それは目の前の事象に縛られ、欲が満たされない境涯。


 畜生(チクショウ)……それは本能のままに、欲望のままに振舞う境涯。


 まあ世間一般によく知られる地獄というものだ。ここまでが特に苦しみの境地……三つの地獄をまとめて“三悪趣(サンアクシュ)”などと称されることもある。


 修羅(シュラ)……それは常に周りと比べ、争い続ける境涯。


 三悪手に修羅を含めた四つの地獄――これが“四悪道(シアクドウ)”だ。



「耳にした事はないか? 人は死した時、すべからく閻魔大王(エンマダイオウ)のお裁きを受け、生前の行いに応じて送られる世界が決まる」

「……それくらいは聞いた事、あるけど」

「そう、裁きを経て送られる世界。十の世界……それが“十界”だ」


 人界(ニンカイ)……それは多くの人が辿り着くとされる穏やかで平静な境涯。


 天界(テンカイ)……それはありとあらゆる事象の喜びの境涯。



「……いわゆる悟りを持たない普通の人間はこの世界とされる。ここまで含めて“六道(ロクドウ)”だ」


 更にその上には――


 声聞(ショウモン)……それは悟りの初め、仏の声を聞く耳を持った境涯とも言えるか。


 縁覚(エンカク)……それは様々な縁により、己の力で悟りを切り開き始めた境涯。


 菩薩(ボサツ)……それは自分の為だけでなく、人の為にも成すことのできる境涯。


 そして、その全ての頂点とも言える――


 (ホトケ)……それがいわゆる悟りを開き、信心を深めたものだけが達せる高みだ。この四つで“四聖(シショウ)”とも言われるものだ。


「えっと……つまり、さっき見たあの祠にはその十の世界があったって話?」

「まあ、平たく言えばそう言うことだ」


 いくら木陰とはいえ、真夏の気温は決して健やかなものではない。立って話を聞いていた和輝を気遣って、摩耶はすぐ近くにあるベンチ……昨日、花火を見た場所へ誘った。


「――よもや語り継ぐ者も居ない程昔の話だ」


 その昔、悪政の限りを尽くす領主がいた。その者の(ゴウ)は深く、多くの人々が血と涙を流した。彼は、次第に自身の欲望に塗れ人としての心を失い……“鬼”へとなり果てたのだ。



 ある時、数人の若者が悪の支配から人々を解放するため、立ち上がった。


 美しき女が領主に取り入ると、隙を作り剣士がその首をはねる。そして、肉体が滅びた後に残った未練の魂を……僧が十の世界に分かち、封印したのだ。



 十の世界。すなわち――


 “地獄”にありとあらゆる罪を。


 “餓鬼”に欲しても欲しても留まらない欲望を。


 “修羅”に他人を蹴落としてまで喰らいついていた自我を。


 “畜生”に欲望のままに振舞うその感情を……。


 罪は深い、だがどんな魂にも一握りの良心は残っているもの。


 “人界”に罪の上にあっても人として振舞い続けた心を。


 “天界”に共に喜び合える、慈しむ心を。


 そして、ほんのわずかに残っていた信心の心をそれぞれの四聖に――



 ―――



 摩耶が話し終える頃、和輝は肌身離さず持ち歩いている刀を取り出していた。


「えっと、つまり……この中にもその魂の一部が封印されている、って事?」

「察しが良くて助かる。そういうことだ。……具体的には“天界”だ」

「……天界、良い魂、ってこと?」

「四聖の次にな。その刀で“ま”が浄化出来るのは、“彼の魂”の力があっての事。それは忘れないで欲しい」

「……分かった」


 和輝が刀を見つめてみる。今は光を灯していない刀が心なしか温かく感じられた。


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