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「――先程の様子を見るに、まずは“十界”について話した方がよさそうだな」
「十界……?」
「ああ。仏教の世界、その考え方の話だ。……十の世界が存在するとされている」
地獄……それはありとあらゆる苦しみに苛まれた境涯。
餓鬼……それは目の前の事象に縛られ、欲が満たされない境涯。
畜生……それは本能のままに、欲望のままに振舞う境涯。
まあ世間一般によく知られる地獄というものだ。ここまでが特に苦しみの境地……三つの地獄をまとめて“三悪趣”などと称されることもある。
修羅……それは常に周りと比べ、争い続ける境涯。
三悪手に修羅を含めた四つの地獄――これが“四悪道”だ。
「耳にした事はないか? 人は死した時、すべからく閻魔大王のお裁きを受け、生前の行いに応じて送られる世界が決まる」
「……それくらいは聞いた事、あるけど」
「そう、裁きを経て送られる世界。十の世界……それが“十界”だ」
人界……それは多くの人が辿り着くとされる穏やかで平静な境涯。
天界……それはありとあらゆる事象の喜びの境涯。
「……いわゆる悟りを持たない普通の人間はこの世界とされる。ここまで含めて“六道”だ」
更にその上には――
声聞……それは悟りの初め、仏の声を聞く耳を持った境涯とも言えるか。
縁覚……それは様々な縁により、己の力で悟りを切り開き始めた境涯。
菩薩……それは自分の為だけでなく、人の為にも成すことのできる境涯。
そして、その全ての頂点とも言える――
仏……それがいわゆる悟りを開き、信心を深めたものだけが達せる高みだ。この四つで“四聖”とも言われるものだ。
「えっと……つまり、さっき見たあの祠にはその十の世界があったって話?」
「まあ、平たく言えばそう言うことだ」
いくら木陰とはいえ、真夏の気温は決して健やかなものではない。立って話を聞いていた和輝を気遣って、摩耶はすぐ近くにあるベンチ……昨日、花火を見た場所へ誘った。
「――よもや語り継ぐ者も居ない程昔の話だ」
その昔、悪政の限りを尽くす領主がいた。その者の業は深く、多くの人々が血と涙を流した。彼は、次第に自身の欲望に塗れ人としての心を失い……“鬼”へとなり果てたのだ。
ある時、数人の若者が悪の支配から人々を解放するため、立ち上がった。
美しき女が領主に取り入ると、隙を作り剣士がその首をはねる。そして、肉体が滅びた後に残った未練の魂を……僧が十の世界に分かち、封印したのだ。
十の世界。すなわち――
“地獄”にありとあらゆる罪を。
“餓鬼”に欲しても欲しても留まらない欲望を。
“修羅”に他人を蹴落としてまで喰らいついていた自我を。
“畜生”に欲望のままに振舞うその感情を……。
罪は深い、だがどんな魂にも一握りの良心は残っているもの。
“人界”に罪の上にあっても人として振舞い続けた心を。
“天界”に共に喜び合える、慈しむ心を。
そして、ほんのわずかに残っていた信心の心をそれぞれの四聖に――
―――
摩耶が話し終える頃、和輝は肌身離さず持ち歩いている刀を取り出していた。
「えっと、つまり……この中にもその魂の一部が封印されている、って事?」
「察しが良くて助かる。そういうことだ。……具体的には“天界”だ」
「……天界、良い魂、ってこと?」
「四聖の次にな。その刀で“ま”が浄化出来るのは、“彼の魂”の力があっての事。それは忘れないで欲しい」
「……分かった」
和輝が刀を見つめてみる。今は光を灯していない刀が心なしか温かく感じられた。




