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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
14.生死は必ず別離有り
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14-1

 

 ――祭りの翌朝。この日も晴天、朝も早くからセミが鳴き声のシャワーを降り注がせている。

 珍しく早起きが出来た和輝は身支度もそこそこに家を後にし久世神社へと足を運んだ。


 昨晩あまり眠れなかった、と言うことも勿論あるが――普段朝にめっぽう弱い和輝が早起きしてまで久世神社へと向かったことにはもちろん理由がある。それは、“夢姫には知られたくない”ということだ。


 出来るだけ静かに來葉堂を後にすると、辺りを注意深く確認しつつ目的地へと足を急ぐ。


 “――私はいつもこの神社にいる。日を改めて、また来い。……出来れば一人でな。灯之崎和輝”


 和輝の心には昨日神社で出会った不思議な雰囲気の少女、“摩耶(マヤ)”の言葉がずっと残っていた。八雲とどこか似た雰囲気の少女。炎のように赤い瞳、肌が雪のように白く、そして透き通る白い髪を切りそろえた、まるで日本人形のような少女。


 和輝は、摩耶の言葉が気に掛かっていた。それは和輝の名前を知っていたからだけでは無い。

 見た目は和輝よりも幼く見える少女、そのはずなのにその言葉の端々には深みと称すべきか言いしれぬ重みがあった。一挙手一投足が子供らしくないのだ。


 それはまるで……自分より遥かに年上であるかのような、見た目こそ幼げであるが老人と話しているかのような。


「――ここだ」



 昨夜の宴がまるで夢であったかのように――久世神社は一晩ですっかり屋台も引き払い、普段の静かな様相を取り戻していた。蝉の声が生い茂る木々から和輝を出迎えるように降り注ぐ。

 騒がしいはずの蝉の声も、神社の荘厳(ソウゴン)さが手伝い心地良い物に思えた。


 和輝はその雰囲気に押されるように、その身を正し境内へと歩みを進める。石造りの参道、その正面の社に歩み寄ると、和輝はポケットを探り小銭を取り出す。

 ……とはいえ、特に願いがある訳でもないが。素通りする事も出来ないと思った様子で賽銭(サイセン)を投げ入れ社に手を合わせた。


「……ふん、片割れの女よりは礼儀がなっているようだな」


 目を(ツブ)り、静かに神への祈りをささげる和輝の耳に、砂利を踏みしめる草履(ゾウリ)の足音と幼く尊大(ソンダイ)な声が届く。手を合わせ終わり瞳を静かに光に慣らすと声の主に向き直った。


「あんたは……佐助、だっけ」

「そうだ。早速来よったか……馬鹿正直な奴め」

「はあ」


 思慮深さを感じさせる柔らかな物腰の摩耶とはまるで真逆で、佐助は相変わらず不機嫌そうである。拒否感を余すことなく態度に表し、和輝に睨むような視線を投げた。


 だが、元々冷遇塩対応には慣れている和輝にとってはこの程度の塩対応など大したことは無く、呆れたようなため息をついた。



 ―――



「……貴様が来たら、“連れてこい”と摩耶様から言付かっておる。……もてなしはしないぞ、とっとと歩け」


 佐助は疎ましげな視線を和輝に投げると、返事も待たずに踵を返しどこかへと歩き出す。和輝は遅れを取らぬよう、足早に追い掛けていった。


 広々とした参道付近とは空気が変わり、辺りは生い茂る木々に太陽の光もおおい隠される静かな空間へと姿を変える。


 ――佐助の足が止まり、和輝は辺りを見渡すと……木々に守られるように鎮座する古びた(ホコラ)に目を奪われた。昔から日が当たらない空間なのだろう、祠には青々とした苔が生している。


「……あの祠は、かつて四悪道(シアクドウ)(ザイ)していた。もっとも、今はただの箱だがな」


 自身でも理由は分からないまま、扉が開け放された祠の漆黒の闇に目を奪われていた和輝の背中に幼い声が届く。その声に我に返った和輝が視線を返すと、佐助は深いため息を落とした。


「えっと、良く分からない。何語?」

「英語でも喋ってるように聞こえたのか愚か者め」

「……そうじゃなくて。もっと分かりやすく説明頂けませんか、って話」

「ふん」


 それは和輝にとって聞きなれない単語の羅列であった。鼻で笑い、背を向けてしまった佐助に対し和輝が首を傾げていると――すぐ耳元で鳴り響いたかのように鮮明で凛とした鈴の音色が辺りに響いた。


「――春宮はその話はしておらぬか……相変わらず不親切な男だな」


 いつの間に傍にいたのか、摩耶は微かにそう笑うと佐助に紅い瞳を向ける。


「佐助、御苦労であった。……この者と話をしたいから、お主はどこかに行け」

「はい! なんなり……って、え?」


 摩耶の言葉に、服従を示すかのように片膝をつき元気に返事をしかけた佐助……であったが、思いがけない指令に思わず立ち上がり困惑を露わにする。


「理解に難しかったか。……灯之崎和輝と二人で話すから、佐助、お主はどこか邪魔にならないところに行け、と言う意味だ」


 しばしの間、沈黙が続いた。

 正確には佐助が自分自身の気持ちと向き合い、戦っていた時間といえよう。

 摩耶の命令は絶対である、と言う誓いと摩耶を守らねばならないという意志とが磁石のように反発しあっているのだ。


「か……勘違いするなよ灯之崎和輝! 僕は貴様を信用していない。良いか?」


 やがて、苦々しく眉間にしわを寄せた佐助は和輝を指さして睨みつけた。“摩耶の命令に従うべき”という誓いが勝ったのだ。

 強く、何度も念を押すと、佐助はそのままどこかへと立ち去って行ったのだった。



 ―――



 佐助の姿が見えなくなった事を確認すると、摩耶はため息を吐く。


「見苦しいところを見せたな。……あやつもお主と一緒で、心根はまっすぐなのだが……いかんせん周りが見えなくなって困る」

「すみません、一緒にしないでもらえますか」


 和輝は、軽くひとまとめにしてくれた摩耶に遠慮がちにそうつっこむ。摩耶はフッと笑みをこぼした。


「……まあ、確かにお主の方が素直そうではあるか。……さて、本題に入ろうか」



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