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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
13.師に在せども
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13-9



「――夢姫! 遅かったじゃないですか。どこで油売ってたんですか?」


 梗耶たちのもとへ戻ると、そこにはいつもの白塗りメイクにいつもより天高く盛り上げられたヘアスタイルでばっちり決めた浴衣姿のクララと、キッズ用の浴衣に身を包んだソラの姿があった。


「あらっ夢姫ちゃん、もう花火始まっちゃったのだぞ!」

「ボクたちは、ぎりぎりまにあったんです」

「あ、そっか。クララたちも来てたんだ。良かった~」


 夢姫は二人のラブロマンス展開が成立しなかったこの状況に安堵のため息。

 しかし、意味が分からない梗耶はソラを顔を見合わせ首を傾げるばかりであった。


「和輝、どうしたの?」

「……師匠、すみません。なんて言うか、色々あって」

「そう。……まあ。チャンスは他にもあるでしょ。気に病む事はないからね」


 八雲はそう優しげに言ってみせるが、当の和輝は狐に抓まれた表情のまま。


「和輝?」

「……あの、師匠。師匠はどうして」

「やっぱり!……和輝さん、手を怪我してませんか?」


 八雲たちのやり取りこそ聞いていなかったものの、和輝が利き手の右手を先程からポケットに入れたままである事に気付いたらしい。梗耶は二人に割って入ると、和輝の手へ視線を落とす。


 そう、先程佐助にナイフを叩き落とされた時の打撲痕が手には残っているのだ。

 気がかりな様子でクララやソラの視線もその手に集まりゆく中、和輝は右手を後ろに隠す。


「放っておいて。……大丈夫、だから」

「そう、ですか……?」


 キラキラと眩い光を放ちながら花火が地上を明るく照らし出していた。



 ―――



「あーあ、祭りが終わっちゃうよう」


 花火が終わり、人々は次々に帰り支度を始めている。

 あまり人混みが得意ではない八雲や小さいソラの事を考え、一行は静かな池のほとりで少し時間をつぶす事となった。


 祭りの余韻を楽しむようにはしゃぐ子供、寄り添い手をつなぎ合い雑踏を進む恋人達。

 その様子を観察してきたらしい夢姫が池のほとりまで戻ってくるなりため息交じりにそう呟いた。


「まあ、これが最後ってわけじゃないんだから、また来ればいいのだぞ!」


 クララがメイクばっちりな瞳でウインクを投げると夢姫はそれを払いのけ避ける。

 と、同時にクララの近くに佇んでいた八雲と目があった夢姫は氷のような頭の色で何かを思い出したらしく叫び声をあげた。


「――ああ!! しまった! かき氷、食べ損ねた!」


 そう、騒動に際してすっかりその存在を忘れてしまっていたのだが、あの襲撃の際にかき氷を置き去りにしてきてしまったのだ。

 佐助というぶしつけな少年の襲撃の事、摩耶という不思議な雰囲気をまとった少女――

 一方、和輝はその時に叩き落とされたナイフのありかも思い出してしまったようだ。


 和輝が恐る恐る視線を送る、すると受け取った八雲もその動揺に気が付いた様子だ。微かに動揺の表情が垣間見えたが、すぐにいつもの涼しい表情に戻っていた。


「もー! 和輝のせいだー!!」

「……むしろこれ水瀬のせいだろ。こっちは怪我までしたんだから」

「なによ! 浴衣美少女と間接キッス出来たんだからそれくらいチャラでしょ!」


 歩きにくそうに歩幅を狭めつつ詰め寄ってくる夢姫を前に、和輝は佐助の強襲前の出来事を思い出し、顔をそらす。相も変わらず距離感と言う概念が存在しない夢姫から逃げるように和輝は後ずさりしていた。


「いや結局してないから!」

「……してないけど。な、何よやっぱり間接キスするか見てたんじゃない!」

「見てない!」


 傍観者代表、梗耶はなんとなく状況を察したのか、頭を抱え、そしてため息。


「とりあえず、小さい子供が居るんですからもうやめてもらって良いですか?」


 無垢な瞳で見上げるソラを庇うように背中へ隠すと、梗耶は二人を厳しい目で睨む。

 その無言の圧迫感に二人は気圧され、黙り込んだのだった。



「――そろそろ、大分人混みも落ち着いてきたみたいだし。子供たちはそろそろ帰ろうか?」


 空気を変えるように、八雲が梗耶達に割って入る。

 境内はまだ屋台の後片付けこそ残っているものの、客は大分減り元の静かな神社に戻りつつあった。


「和輝、落し物してきたんでしょ? 俺はもう少し人が減ってから回収して帰る。みんなは先に帰りな」


 紅の瞳で和輝をしっかり見据え、そう紡ぐと和輝の言葉も待たずにクララに視線を投げる。


「可愛いお嬢さんたちを送ってあげて」


 その言葉を受け取ると、警察官のような敬礼をしてみせたクララはウィンクで返した。

(言わずもがな、八雲は避けた)




「――結局、八雲さんとあんまり話しできなかった~残念」


 八雲以外の帰り道、夢姫は不貞腐れながらため息をつく。


「……それもこれも。俺に構うからタイミング無くしたんだろ」


 和輝のもっともな意見を完全に無視して、夢姫は前を一人歩く梗耶に飛びついて行く。

 先程の八雲の言葉が気にかかったままであった梗耶は、いつになく無防備であり、両肩にのしかかる夢姫の腕に対応し切らず前のめりに転びかけたのだった。


「ねーきょーや! 今日あんた喋らなくない? どーかしたの?」

「……別に、どうもしてませんよ」

「そお?」


 当然、八雲と梗耶がかわした言葉も、梗耶の胸の内も夢姫には推し量る事が出来るはずもない。

 ただそれ以上言葉を紡ごうとしない梗耶を横目に首を傾げるばかりなので合った。


 皆が皆、各々の想い、考えを巡らせているような沈黙が祭りの余韻冷めやらぬ夜道に影を落とす。


 元来空気の読めるクララやソラが気を遣い、小声で言葉をかわしている最中。

 空気を読まなかったのか、読めなかったのか。梗耶ともども先頭を歩いていた夢姫が途端に振り向く。

 そして、そのすぐ後ろを歩いていた和輝をまっすぐ指さすと何故か得意げな笑みを浮かべた。


「……何だよ」

「あたし、和輝が何と言おうと離れないからね!」

「お前な、俺に選択権は」

「ないわ!」

「おい」


 いつにもまして迷いもてらいも無い夢姫の堂々とした振舞いを前に、和輝はそれまでの自分の心の内など容易く吹き飛んでしまいそうな心境に陥った。

 ――そう、それだけ“好き”と言う言葉は重いものなのだ。

 返す言葉に困り果て口を噤んでいると、夢姫は何かに気付いたようで腕を組み、少しの思案の末に頷いた。


「あー……そうね、あたしが強引過ぎたわ。こうしましょ!」

「はい?」

「和輝、好きな子が出来たらあたしに申告しなさい! そしたら構うのやめたげるわ!」

「……はい?」

「そうだよねえ、こんな完璧美少女が傍にいちゃ“水瀬よりいい女なんていないもん!”ってなっちゃって、恋愛なんて出来ないわよね。うんうん。あたし一方的過ぎたわ!」


 この時(うすうす気づいていたが)和輝は悟った。


 ああ、こいつの“好き”はそう言う意味じゃない。

 て言うかそもそも自己評価どうなってるの?

 どういう人生過ごしてきたら一点の曇りもない顔で自信満々な発言が出来るの?

 一瞬で脳内を駆け抜ける言葉はすべて呆れたため息に変わり――

 ――気が付けばそのすべてをたった一フレーズに集約し、口を吐いて出ていた。


「……本当に本物の馬鹿なの?」


 その一言が的を射ていたのか梗耶が吹き出す。

 夢姫は和輝の一言&梗耶のリアクションの意味が分からず、ただただ怒るのだった。



【登場人物】

佐助:長い黒髪、切れ長な目をした幼さが残る少年。神職の装束に身を包んでいるが、木刀を所持している辺り十分に補導対象。夢姫曰く「悪くないかも!」

摩耶:真っ白い髪の毛を日本人形のように切りそろえ、炎のように赤い瞳をした少女。

和輝曰く「師匠(八雲)に似ている」

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