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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
1. 此の音を聞くに
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1-4

 あてもなく闇雲に少年を探しまわってみたものの、一向にその行方はしれない。

 疲れた夢姫は明々(アカアカ)と光を放つ自販機でジュースを買うとそれを一気に飲み干す。

 ブドウの風味が喉の奥でぱちぱちとはじけ、火照った体を冷やしていった。


 ――夢姫は自宅と反対方向に位置する名前も知らない小さな公園に辿りついていた。

 公園には地中に半分埋まった謎のタイヤと小さな砂場、夢姫の身長だと足がついてしまう低い鉄棒くらいしかない。


 公園のタイヤに腰かけ、空を見上げる。気が付けば、すっかり日が暮れていた。


「あ。月だ」


 この日は満月であった。普段は気にも留めない。夜空を見上げるような繊細な感性を持ち合わせているでもない。だが、この妙に明るい月だけはいつまでも見ていられる気がした。


 ぼんやりと月を眺めているうちに、気が付けばジュースは最後の一滴までなくなっていた。

 少しだけ物足りないという気持ちだけが空き缶の中に取り残されている。

 空に浮かぶ丸い月に蓋をするような感覚で、空き缶を天にかざしてみる。月が陰り、自らの世界が闇に閉ざされるような感覚に少しだけ心が躍った。


 気持ちの高まりに身を任せ、夢姫は空き缶を片手で握り締めると思い切り腕を振り上げる。

 ――手元を離れた空き缶はクルクルと回転しながら、天高く舞い上がった。

(良い子はまねしないでね)


「月に向かって飛んでいけぇっ!」


 空き缶は月明かりに照らされ、キラキラと光りながら放物線を描き――


「ふにゃあっ」


 ――カーンという甲高い良い音を響かせ、歩いていた猫に激突したのだった。


「あいったたた……ふにぃ、あぅぅ、うあー」


 どうやら、夢姫が投げたスチール缶の底が狭い猫の額へとクリーンヒットしたらしい。猫は短い前足で頭をおさえ悶えている。

 これが人間であったら、ガチギレされていることであろう。もちろん猫だからと言って笑っていてはいけない状況なのだが……目の前の猫が不憫で、まるで他人事のように夢姫は苦笑いしていた。


「あんた、デブだもんね。普通の猫なら避けれるわよ」


 夢姫は悶え苦しむ猫に近付き頭をなでる。そう……この猫は一般的な猫よりも丸く太っており、おそらく身体能力も相応に鈍いのだろう。肉球で頭をさすり、声にならない声で唸っている猫の姿がまた滑稽であった。

 ――が、ここで夢姫は今目の前で起きている“奇妙”に気付いたようで小さく声を上げる。


「ってあんた今喋ってた!?」

「あ」


 猫は口元を肉球で抑える。


「いや、その反応も既に猫じゃないから」

「あっあう」

「何で喋るの? 何で?」


 夢姫がデブ猫のひげをひっぱり尋問していると、暗がりの向こうから人が来る足音が聞こえた。


「ぼ、ぼくのことはわすれてくださーい!」

「あ、こら待ちなさい!」


 デブ猫は懸命に身を(ヨジ)り飛び降りると、暗闇の向こうに走り、逃がすまいと夢姫も後を追う。駆け抜けたデブ猫が暗闇の中、誰かの足にすり寄るように身を潜めた。


「――あ!」

「……さっきの」


 鈴の音が足元に消え、月灯りにこげ茶色の髪はかすかに揺れる。――そこには先ほどの少年の姿があった。


「さっきの! あたしね探してたんだよーさっき名前も聞き忘れたし話も途中だったし」

「帰れ」

「へ?」

「こんな時間にうろついてんなよ。帰れ」

「ちょ! 何よその言い方!?」


 だが、少年は先程までと少し様子が違っていた。


 人を拒絶するかのような眼はそのままだが、先程より語気は明らかにはっきりしていて“強くなった”という表現が一番近しいだろうか。

 並の女子なら気圧されそうな雰囲気を(マト)っていた。だが当然こんなことで引く夢姫では無い。

 売り言葉に買い言葉の勢いで言い返すと、夢姫は立ち去ろうとしている少年の服を掴み引き止める。


「待ちなさいよ! 名前! 名乗らないなら名無しのななちゃんって呼ぶわよ!?」

「……お前、馴れ馴れしいな! “お友達”に言われなかった? “関わるな”って!」

「ほへー。ななちゃん、意外と言うねえ。新たな発見!」


 怯むこともないばかりか、まるでもう“友達”になったとでも言わんばかりの距離感である夢姫に対し、少年は苛立ちをぶつけるように近くの壁を殴る。

 夕刻話した時との大人しげな様相とは真逆であるその剣幕には、流石の夢姫も身体をすくませた。


「話を逸らすなっ!」

「そ、逸らしてないもん! それとこれとはまた別。あたし言ったじゃん。あたしは、あんたと友達になるって決めたの! 一度決めた事は曲げないんだからっ!」

「お前な……!」


 “ななちゃん”は尚も言い返そうとした。

 ……が、夢姫が怖じる様子も見せずただじっと見つめていると、諦めたようにまた大きな溜息をついた。

 いわゆる根負けというものだ。“勝った”――そう確信した夢姫は勝利のガッツポーズを見せたのだった。


「……分かった。分かったよ、友達でも何でもなるから、もう……とにかく今日はもう遅いから本当に帰れよ。学校で聞かなかった? “通り魔が出る”って」

「えーっ!!」


 夢姫はため息をつく。――このままではただの日常”の一ページに過ぎないのだ。

 別に友達が欲しいわけじゃない。“疫病神”と友達になりたいのだ。

 自分を別の世界へと誘ってくれる、たとえそれが悪道であろうと夢姫は厭わないつもりであった。


「――囲まれた」

「ん? 何が? 何に?」


 “ななちゃん”は鋭い視線を闇に投げ、周囲を見渡している。何かを警戒しているようだ。

 ……夢姫もそれに倣い、少年の視線を追いかけながら暗闇を見渡してみる。そこは普段と何も代わり映えのない日常の風景そのものであった。


 なにも無いじゃん? と言いかけた夢姫の手を“ななちゃん”が掴む。


「ちょ、えっ?」

「下がれ!」

「何が? 何から!?」


 ――戸惑いの中にも、夢姫には違う感情が芽生えかけていた。

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