13-2
「――また騙したわね! イケメンで釣るなんてひどい!」
「簡単に騙される方が悪いだろ」
夢姫が辺りを見回していた間に、和輝は居室のある二階へと続いている扉を開けかけていた。
このままでは完全に引きこもられてしまうと、夢姫は和輝の手からドアノブを奪いに掛かる。
お次はドアノブの押し合いと相成った二人。温かい視線を送っていたクララもさすがに苦笑いをし始めていた。
「あのー……ドアがね、壊れちゃうから二人とも――」
「――騒がしいと思えば。夢姫ちゃん、来てたんだね」
クララがその図体とかけ離れた弱々しい声で二人を諫めかけたその時。一同の背後から涼しげな声が投げ込まれる。
「あっ八雲さん!」
どこから二人のやり取りを眺めていたのだろうか。色白な顔に子供を見守るような苦笑いを携えたまま、八雲はカウンター席に腰かけていた。
「お祭りかあ、いいねえ。……和輝も行くんでしょ、俺も行こうかな」
「……え」
八雲の提案に、夢姫と和輝は両極端なリアクションだ。
全身で喜びを表現するかのようにぴょんぴょんと跳ねまわっている夢姫に対し、和輝はいかにも不服と言った様子で眉をしかめている。それも当然であろう。祭りなど、行くつもりも毛頭なかったというのに勝手に参加を決定されたばかりか……あろうことか八雲までも乗り気なのだから。
「師匠、なんで……」
「あの神社は明りが少ない。……そう言う事だよ」
八雲は和輝に耳打ちし、妖しく口角を上げる。
和輝も察した様子で、一気に表情を強張らせた。そう、“例の任務”のチャンスなのだ。
「……分かりました」
このところ、騒がしい日常に流されたままであった和輝は急に現実引き戻され、心が沈む感覚を覚えた。一方八雲はそんなこと知る由もない夢姫の傍まで歩み寄ると頭を撫でる。
「おでこちゃんや前髪ちゃんも誘うつもりなんでしょ?」
「“おでこ”、“前髪”……ああ、きょーやとよみちゃんね! うん! 誘うよ!」
和輝は任務の事を考えていたのか、はたまた単純に面白くない状況なのか不機嫌そうに眉をしかめたまま――
「準備してきます」
――そう言い残し、扉の奥へ消えていったのだった。
―――
和輝の準備が終わるのを待つ間。それまで事の行く末を静かに見守っていたクララは心配げに八雲に歩み寄る。
「それにしても八雲さんたら……外に出て大丈夫なの? 今日は日差しも結構あるわよん?」
「まあ、完全に日が暮れてから皆と合流するから大丈夫だよ。何度も行った事のある場所だから迷う事も無いし」
そう返すと、八雲はカウンター近くの席へと座る。
二人の会話に傍らで耳を傾けていた夢姫はそう言えば、と気が付いたことがあった。そう、八雲はいつもカウンター席の一番端――窓から離れた場所に座る事が多いということに。
「もしかして八雲さんって体弱いの?」
「……紫外線に当たれない体質なんだ。日差しの強い時間を避ければ何の問題も無いよ」
「そう、なんだー……」
紫外線に当たる事が出来ない。
その言葉が意味するものは勉強が得意でない夢姫でも想像に容易い事であった。
つまり、“日中、外に出る事が出来ない”と言う事なのだろう。それが体質に由来する事なのか、あるいは病気でも患っているのか――
どちらにせよ、日常生活に支障が出るということは想像に容易い。夢姫は尚も涼しげに振舞う八雲の顔を見つめていた。
「準備できまし……」
ちょうど、準備を終えた和輝が階段を降りて戻ってきていたらしい。扉を開けてすぐに飛び込んできた光景――それはやけに距離が近く見える八雲と夢姫の姿であった。
「……師匠から離れろ。ビッチ」
「ビッチとは何よ失礼ねー!」
色々と言いたい事が浮かんでしまっていた和輝は、ひとまず深いため息を落とした。そして溶かしきれなかった言葉を、まるで凝縮したかのようにポツリとそう呟く。
“ビッチ”という言葉が何を意味するのか、それは夢姫も知るところであった。知るところであるがゆえに聞き流す事が出来なかったらしく、足早に和輝の元へ詰め寄ると夢姫は頬を膨らませた。
「こーら! 和輝くん、汚い言葉使っちゃ駄目! 前も言ったわよね? 女の子をいじめる悪い子は……」
またも進展のない子供の喧嘩が始まりそうな気配を察知したクララが仲裁に入る。
まず、夢姫を和輝から引きはがす。そして、腕まくりをして見せると、岩のような指先でキツネの影絵のような形を作って見せる――一撃必殺、デコピンの構えだ。
「ご、ごめんなさい、いや、もう言わない言わない!」
その痛さを知っている和輝は、思わず後ずさりしたのだった。
「マジで失礼なんだから。そんなだから和輝モテないんだぞ! まったく、デコピンでも何でもくらってちょっと痛い目にあっちゃいなさいよ!」
仁王立ちのクララの後ろで、夢姫も同じように真似をして頬を膨らませる。
その時、鈴が小さく音を立てた事に、周りはおろか夢姫さえも気付かないのであった。




