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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
13.師に在せども
46/144

13-1


 梅雨が終わり、町にはどこからともなく蝉の声が染みわたっている。季節はもうすっかり夏である。

 夏休みに入り、部活動にも所属していない和輝は宿題も早々に終わらせ、充実した時間を過ごす――


 ――はずだったのだが。


「かーずーきー!! 出掛けるわよー!!」


 “ゆっくりと過ごす自分だけの時間”などは夢のまた夢か。和輝の願いを打ち砕くかのように、夢姫は毎日のように來葉堂へと遊びに来ていた。


「はいはーい、その声は夢姫ちゃんね! 今開けるのだぞ……あら?」


 上機嫌なクララが鼻歌を口ずさみながら扉を引くと、鈍い音と共に生温い風が店内へ巡る。


「クララっちおはよー! じゃじゃーん! あたし、キュートでしょー?」


 生温い風を吹き飛ばすかのように明るく声を弾ませた夢姫は、カラコロと軽快な足音を鳴らしながらくるりと回る。その装いは、赤い生地に大きな花があしらわれた艶やかな浴衣にラメがあしらわれた緋色の帯。

 そして普段の妙なツーテールではなく、結いあげた涼し気な編み込みヘアであった。


「――ああ、そっか。今日はお祭りがあるんだったわねっ」



 ―――



 夢姫たちの通う明陽学園からもほど近い、少し上がった坂の上に“久世(クゼ)神社”と呼ばれる神社がある。歴史がある神社で、広い敷地内には立派なお堂が建立されているのだが――信心とは無縁なこのご時世。普段は参拝客があまりいないようだ。


 しかし、年に数回はそんな神社内にも賑々しい声が弾む日もある。この時期……つまりお盆の前になると境内ではささやかな神事……いわゆる“お祭り”が執り行われ、屋台が並び花火も上がるのだ。


 まさにこの日はそのお祭りが執り行われる日であった。夢姫は夏祭りに参加する心づもりで浴衣を着てここまでやってきたのだろう。


「さ! 和輝、行くわよ! あんたが浴衣じゃなくても勘弁してあげるから準備なさい!」


 夢姫は両足を肩幅に広げると、腕を組み仁王立ちで不敵に微笑んでいる。浴衣を身にまとえば女性は多少なりともそれ相応の振る舞いになりそうなものであろうが……この少女の辞書には“淑やか”という言葉が存在していないようだ。


「あーはいはいお祭りねー……俺は行かない。他を当たれ」


 艶やかな夢姫の浴衣姿に薄いリアクションでため息を落とすと、和輝は居室へ帰ろうとする。

 ……が、当然夢姫がみすみす取り逃がす訳もない。


「ちょっと! こんな可愛い子が直々にお誘いしてんのよ! 何よ照れてるの?」

「照れてないし思いあがるな」

「何よ! か、わ、い、い、でしょ?」

「もう一回言おうか、思いあがるな」


 最早売り言葉に買い言葉というものだ。

 掴まれた手を振りほどこうとする和輝に対し、夢姫は逃がすまいと強く握り返し掴抵抗する。


「やっぱり、視力があれなんじゃない!? こんな美少女が目の前にいるのに何その塩反応! ……こーなったら、何が何でも認めさせるんだから!」


 終わりの見えない押し問答が始まりかけた中――夢姫は何か思いついたようで悪どい笑みを浮かべる。


「かわいいって言うまで通さないもん!」


 ……夢姫の辞書には“羞恥心”という言葉も存在しないようだ。年頃の女子ともなれば、好意の如何に伴わずとも多少は恥じらいがあってしかるべきであろう。だが、夢姫はそんなこともお構いなしで基本的に接する距離が近い。間違いが起こりそうだと錯覚するほどに。

 それも手伝っているのか……照れを隠すように、夢姫が覗き込むたびに和輝は顔をそらしていた。

 だが、それではらちが明かないと考えていたようだ。どうやら和輝は良い打開策を思いついたようだ。


「――あ、師匠!」

「えっ八雲さん!? ……あっ、あれ?」


 和輝は夢姫の斜め後ろを見据え、わざとらしく声を上げる。師匠――眉目秀麗な青年、八雲。イケメンにめっぽう弱い夢姫は、八雲の前ではそれなりに恥じらいが先んじてしまうらしくお転婆な振る舞いが出来ない。夢姫は和輝から離れ、辺りを見渡す……が、どこにもその姿はない。

 そこにいるのはやたら温かい視線を送るクララだけであった。



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