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まるで夢姫の様に勢いよく扉を開けたその人は今まで会ったこともない人物。和輝と同じ高校であろう。
見覚えのある制服姿。だが和輝にとっては面識もない見知らぬ少年はツカツカと鼻息も荒くカウンター前まで歩み寄る。
「あ、あら? えっといらっしゃいませー?」
その血走った眼、何とも度し難い剣幕に押されつつもクララがこの客人に精一杯の愛想を振りまいてみる。客人からの言葉は返ってこなかった。
クララが和輝と顔を見合わせるやジェスチャーで“和輝の友達?”と尋ねるものの、当然和輝に友達が居るはずも無い。
首を横に振り“知らない”と口の形でそうクララに伝えたのだった。
「コロッケコロッケ!! 僕のコロッケええ!」
「え」
クララ達が戸惑いをあらわにしている一方で、少年はその血走った眼で、和輝の目の前にあったコロッケに狙いを定めた様子。そして――手掴みで奪い取り、熱さに戸惑う素振りも見せず口の中へ頬張った。
少年はおいしそうにコロッケを噛みしめ、呑み込むと次は皿に添えられた残りの分を手掴みで更に奪い取っていった。
「コロッケがコロッケはコロッケで僕のコロッケに!!」
「あ!? おいちょっとお前!」
戸惑いながらも和輝は制止しようと少年の腕を掴む。
だが、少年はそれを乱暴に振り払うと厨房へと進入し、残っていたコロッケを手にしたままの皿の上に移し替える。そして山積みにされたコロッケを大事そうに両手に抱えると――來葉堂から飛び出して行った。
「何今の」
「コロッケどろぼう、です……!」
「そんなにクララちゃんのお手製コロッケおいしそうだったのかしらん! クララ嬉しい!」
「んな馬鹿な」
まったくもって意味が分からない。疑問しか出てこないこの状況に一同は顔を見合わせ、各々の困惑を隠しきれず首を傾げた。
だが、この状況下でも唯一つ、ゆるぎない事実もある。
「良く分かんないけど、とりあえずコロッケ泥棒に違いは無い! 必ずや師匠のコロッケは取り返します!」
「待って! コロッケならクララ作り直すから……って。んもう! 聞いて!」
刀を握り締めると、和輝は少年が逃亡した方へと追いかけ走り出したのだった。
――和輝が店を飛び出した時には、既にコロッケ泥棒の姿はどこにも見当たらなかった。だが、確たる証拠が足元には残っていた。
どうやら犯人はコロッケを食べながら走っているらしく、一定間隔でコロッケの欠片が道に落ちているようだ。
「……ヘンゼルとグレーテルか!」
和輝はため息と共に小声でそうつっこむと、コロッケの欠片達が指し示す道に従い走っていった。
コロッケの欠片は住宅街を通り抜け、小さな公園へと続いた。昼間でもあまり人が居ない公園。夕食時ともなれば尚の事である。
近所の家の夕飯の匂いだろうか。醤油を焦がしたような良い香りが和輝の空腹を更に加速させる。和輝は鳴りそうなお腹を押さえ、息を殺し公園内を見渡す。
軽い筋トレが出来そうなベンチと鉄棒くらいしかない公園だ。その片隅で――和輝の位置からは死角となるベンチの裏側に先ほどの人物の後頭部が見えた。
「いた! ……おいお前!」
和輝がベンチへと歩み寄りその後頭部に声を掛けると、驚いたようでその身をすくませ、手に握りしめていたコロッケの一つが地に落ちる。
「どういうつもりだよ、このコロッケ泥棒」
覗き込んだベンチの裏に身を潜めていたコロッケ泥棒の傍らには見覚えのある皿も見受けられる。和輝はため息を落とすと皿を拾い上げた。
地面に直接置かれた皿の底には土こそ付いていたものの、その上のコロッケは数は減ったが無事な様子であった。
「警察に突き出すほどの話じゃないから今回は見逃してやる。……もうこんなことするなよ」
“夕食のコロッケを盗まれました”などと通報したところで警察を困らせるだけであろう。落ち込んだ様子で丸くなっている少年の背中に静かな声を投げると、和輝は来た道を引き返す。
――だがその時、背中越しにコロッケ泥棒が立ち上がる音が耳に届いた。
「僕の、コロッケ」
「……あ?」
コロッケ泥棒が微かに呟いたその言葉に和輝が振り返った瞬間である。
手にしている皿に目掛けコロッケ泥棒が飛びかかり、油断していた和輝は泥棒に突き飛ばされる格好で皿を投げ出し、尻もちをついた。
宙に舞い散るコロッケはきつね色の衣の雪を降らせながら散らばり、無残な姿となったその破片を泥棒は慌てて拾い始める。
元々茶色い見た目の為分かりにくいが、多分土にまみれているであろうコロッケ片を
泥棒が手づかみで口に運ぼうとしているのだ。
和輝が慌てて止めに掛かり泥棒の腕を掴みあげるものの、泥棒はそれを振りほどき口いっぱいにコロッケを詰め込んでいった。
「うるさい……! 僕は、コロッケが食べたいんだぁぁ!」
懸命に叫んでいる様子だが、元々むせやすい食材である事が災いしたのか……咳込み始めてしまった少年は口にしていたコロッケをふき出す。
「汚い! 何なんだよ、お前……」
彼の口から飛び散るコロッケ片のシャワーを受け止めたくない一心でに和輝が後ずさる。
……先ほどまでは無かったはずの黒い靄が、少年の身体から燻し出されている事に気付いた。




