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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
12.味ひの美かりければ
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12-1

 先日の平和なひと時など泡沫(ウタカタ)の夢。

 数日たったこの日。和輝の日常はすっかりいつもの騒がしいものへと戻ってしまっていた。


「――ってことで! よみちゃんの為に和輝は食べたいお弁当のメニューを考えなさい!」

「全く持って意味が分からない」


 昼休みに差し掛かると同時に、さも当たり前のように押し掛けた夢姫は和輝の机をたたく。

 そう、それは先日女子だけで話し決めた内容の事であった。

 想い人への贈り物を決めかねていた詠巳は“料理を作る”と言う事となり――手渡ししやすいお弁当を作ることと決めていたのだ。


 ……が、その場にいなかった和輝にはそのような事も知る由もない。理解できて当然と言わんばかりに端折られた夢姫の指令が全く理解できず、和輝はただため息を落とすばかりであった。


「そうね。誰かを愛し愛された経験もない灯乃崎君には……私の焦がれるこの気持ち、分からないでしょうね」

「犬飼が俺をどういう目で見てるのか位は分かるけどな」

「まあまあ」


 梗耶はいったん箸をおくと、和輝を制する。そして、先日の出来事――その一部始終を説明し始めたのだった。


「――つまり、“同じ男目線で食べたいものを提案しろ”と」


 ようやく状況だけは理解できた。だが、和輝には合点がいかない点も残っている。

 頭の中で前向きに考えてみても糸口が見いだせなかったらしい……。

 目の前に座る初夏感の欠片も無い黒ずくめの少女、詠巳をまっすぐに見据えると和輝は声をひそめた。


「あのさ……弁当を渡すことで、犯罪に加担したりとか無いよな?」

「失礼ね。こう見えて普通の女の子なのよ」

「普通の定義ってなんだっけ、風見」

「……私も分かりません」


 このところ、普通ではない女子との接点ばかりが増えている和輝は、恐らく一番普通の感性であろう梗耶に助けを求めてみる。それでも答えが見つかる事はない。


 きっとこう言うのが好きな人もいるんだろうなと無理やり自身を納得させることに決めた和輝は、食べ始めた自分のお弁当へと視線を落とした。


 クララが毎朝早くに拵えてくれているのはありがたいことなのだが……。

 目の前に広げたお弁当箱の中身は、色とりどりに飾り付けられた――高校生男子にはもう恥ずかしいいわゆる“戦隊ヒーローのフェイス型キャラ弁”である。

 和輝は見られたくない一心でお弁当を蓋で隠すと、早々に顔を箸で崩したのだった。


「唐揚げとかは美味しいと思うけど」

「普通ね!」


 和輝は特にハマって食べている食べ物は無いらしく、中々これと言った名案が浮かばない。

 ……ただ、何か言わなければ納得しなさそうな女子の視線が刺さる。


「うるさいよ水瀬。……じゃあ卵焼き」

「普通ね」

「犬飼もうるさい。あ、じゃあハンバーグ」

「普通ですね」

「風見まで」


 まさかの全否定だ。これ以上は何も思い浮かびそうにないという絶望感に駆られた和輝はこの場から逃げ出したい心境に陥り始めていた。そんな心情を察してか、梗耶は眼鏡を指先で押し上げため息を落とす。


「……卵焼きや唐揚げは既に決定済みなんです。大体の男の人が好きだって聞くし。……で、それ以外に好きなものはないかって話です」

「好きなの……」


『――和輝のおべんと、今日も茶色いね! お野菜も食べないといけないんだよー! 私のトマト交換したげる!』

『え、良いよ別に。野菜食べないからって死ぬわけじゃないし……つか(ミナト)が食べたくないだけだろ?』

『そんなことないもん! 私和輝の事心配したげてるんだからね!』


 ――ふと記憶の奥底で笑う幼い少女との思い出が鮮明に(ヨミガエ)る。

 記憶の中の少女が食べていた“茶色いおかず”……ふと、そのきつね色の衣を思い出すと声を上げた。


「……コロッケの、中が卵のやつ」


 説明が下手であるのか、元々の語彙力(ゴイリョク)の問題か。その少なすぎる情報を耳にした女子三人は疑問の声を揃え、そして各々のイメージを膨らませた。

 “コロッケの中”ということは肉やジャガイモで練り上げた“タネ”の事だろう。そしてそのタネのかわりに卵が入っている、と言いたいのだろうか。


 しばしの沈黙ののち……一番にその答えを導き出した様子の梗耶はスマホを取り出すと、何かを検索し始めた。


「――これ? “スコッチエッグ”」


 梗耶が導き出した答え――スマホの画面に映し出されたそれはコロッケのようなキツネ色の衣を纏った、卵のおかず。

 スマホに映し出されるおかずの姿に見覚えがあった様子で和輝は声を上げた。


「……また面倒くさいものを」

「作れとは言ってないし。聞かれたから答えただけ」


 作った事がある様子の口ぶりで梗耶が呟くと、和輝もまた売り言葉に買い言葉でそう言い返している。

 やり取りをしばし静観していた詠巳は、薄い笑みを浮かべ、頭を下げたのだった。


「それとなく彼に好きなものを聞く方が手っ取り早いわね。参考にはならなかったけど御礼は言うわ」

「お役に立ちませんですみませんね」



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