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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
11. 家に返ける終道
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11-2

 ――厨房では、ソラが野菜の下ごしらえを始めていた。ジャガイモの皮を慣れた様子で剥き、切り終える。ソラは平素からクララの手伝いをしているため、人並みの料理の心得があるのだ。

 次はニンジンを一口大に切ろうと手を伸ばす……が、まな板の上に置いていたはずがどこにも見当たらない。


 転がり落ちたとすれば音が響くので気付くはずだが、そのような気配はなかったはず。不思議に思ったソラは顔を上げると辺りを見回した。

 すると、いつからそこにいたのだろうか――気が付くと、ソラの傍らで和輝が黙々と作業している。その手には消えたと思ったニンジンと包丁が握られていた。

 だが、妙にニンジンが赤く見える。外国のアニメーションにでも出てきそうな不健康な赤に染まったニンジンをしばらく眺めていたソラは、ふと床に(シタタ)る赤い(シズク)に気が付くと叫び声をあげた。


「かか、かずきさん?! て、どうしたんですか?!」

「ちょっと切った。……包丁って難しいんだな」

「むずかしいですませていいケガじゃないとおもうんですけど……」


 ソラが大慌てで和輝からニンジンを奪い返す。そう、不健康そうな色の由来は和輝の血液であったのだ。

 和輝は“皮を剥いてた”などと供述するばかりで悪びれる様子もない。


「そ、そういうときはほうちょうじゃなくてピーラー(皮むき器)つかってください! ていうか、てのちりょうがさきですよ」


 ソラはニンジンを流し台に置く。流水で洗えばまだ食べられるはずだと考える事にして、ひとまずは治療を先に行おうと判断していた。確か厨房の扉を隔てた向こう側にあるカウンター内には有事の為の救急箱がある。その中には絆創膏の類もあったはず――


「――やくもさま?」


 ソラが厨房を飛び出すと、そこには“展開が見えていました”と言わんばかりに救急箱を抱える八雲が待ち構えていた。包帯やばんそうこう、なぜか胃薬などをテーブルの上に並べ準備万端だといわんばかりに息をついた。


「やっぱねえ。和輝は手伝おうとしてくれるのは良いんだけどガチで人が死ぬレベルの不器用さんだから。昔も何度かやらかしてくれたんだ……ソラは知らないだろうけど。だから、クララを雇ったっていうのもあるんだ。あの子に食材を持たせたら駄目なんだ。素材を殺してしまう」


 ソラに絆創膏を手渡しながら、八雲は冗談に聞こえない言葉を切々と語る。

 ――その時であった。和輝を一人残したままの厨房の奥から、何かが弾け飛ぶような異音が聞こえ始めた。何かを焼いているような音と油で揚げ物をしている音を混ぜ合わせたような音は次第に苛烈になっていく。


「和輝、今度はどうしたの?!」

「あ。師匠」


 音の正体を突き止めようと二人が火元に駆けつけると、二人の目に飛び込んできたのは――

 ――目視できるほどに高く油がはね上がっている炎上寸前の鍋とコンロ、そしてその鍋のふたを盾のように片手に構え身を守る和輝の姿があったのだった。


「あぶらいれすぎですし、おやさいをいれるときはちゃんとみずをきっていれないと……!」


 まず八雲は和輝を“治療”という名目で捕獲すると、その隙にソラは火を止め、鍋の余分な油を捨てる。

 二人の連係プレイが功を奏したのか、奇跡的に食材たちはまだ無事であったようだ。

 部分的にこんがりとしたきつね色になりかけていたが、目視する限り人体に害をなすほどの焦げ方ではないだろう。そう判断したソラは、引き続き八雲に和輝の捕獲をお願いしつつも調理を続行する事とした。


 ――ニンジンを元来の赤色に洗い戻し、和輝から取り上げた鍋の中に既に放り込まれていた牛肉を含め、すべて煮込む。

 一時間ほど格闘しただろうか。若干焦げているもののどうにかカレーの形に仕上がったのだった。


「――ソラ、ほんっとうに……頑張ったね、ありがとう」

「いえ、これもやくもさまのごちゅうこくと、ごきょうりょくがあってのものです」



 ソラと八雲は戦いの終息に胸をなでおろし、互いの健闘をたたえ合い握手を交わす。頭の中では名作洋画のBGMが祝福するように流れていた。


 一方で和輝はというと、物を掴む事すら出来ない程にぐるぐる巻きにされた両手を組んだまま不思議そうにその光景に首をかしげる。 それが“物を掴めないように包帯で固定してしまえば手伝いも出来ないだろう”と考えた八雲による策であるということにも気づかないままに。


 ――三人の食卓。ソラがてきぱきと配膳をする。

 それぞれ定位置であるカウンター席に座り、手を合わせ食べようという時。ふと和輝が悲しげに合わせた両の手を見つめた。


「……食べられない」


 そう。和輝の手は相変わらず包帯ぐるぐるの団子状態のまま。スプーンすら握れない。


「あ、忘れてた。ソラ、包帯巻きなおしてくれるかな?」

「はい!」


 大きく頷き、ソラは和輝の手から包帯を解くと今度は丁寧に巻き直していく。出血こそしたものの、切り傷の大半が指先ではなく手の平や手首であった為、適切に巻き直せば手指の動作に支障はないのだ。


「いやー俺不器用だからねえ。……じゃあ、いただきます」


 ソラも和輝も慣れている為か、至って自然に見ている光景なのだが……。

 客観的な目を持ってすれば、一番年上であり未成年を預かる保護者という立場であるはずの八雲が大した手伝いもせずに、働き者のソラを差し置いて先に食べ始める事はまずおかしい事であろう。


 働かざるもの食うべからず、という一般的な道理がこの男には存在していないのかもしれない。

 それこそ梗耶辺りが見ていたらまた怒りだしそうなこの状況下で――


 ――八雲に罰が当たった、のかもしれない。

 八雲はスプーンで一口すくい、口に運ぶ。その瞬間、盛大にむせた。


「辛っ、てかしょっぱっ!? ……いや辛い!!」


 珍しくとり乱した声にソラが振り返るとそこにはもう八雲の姿はなく、代わりにトイレのドアが勢いよく閉じられる音だけが残されていた。


 ソラは記憶をたどる。手順は間違っていなかったはず。


「かずきさん。もしや、やさいになにかしたんですか?」

「俺? 変なことはしてないと思うけど……やったことと言えば血を洗うついでに肉を洗おうと思って塩水で洗って」


 ソラは先程の出来事を思い出していた。大量に投入された油は水が混ざったようにはじけていた事。そして、何故か牛肉は既に鍋に投入されていたということを――


 恐らく塩を刷り込んだ後、そのまま鍋に投入した事によりあの状況に至ったのだろう。


「かずきさん、おにくはあらわないでいいのです。あらっても、きんはおちないそうです」


 ソラがそう和輝を諭したところで、最早後の祭りだ。塩分過多となった八雲は最初で最後の犠牲者となったのだ。


 相当塩辛かったのだろう……トイレにこもってしまった八雲が出てくる気配がない。

 ソラはコップに水を注ぐと、閉ざされたトイレの扉の前に置く。まるでお供えするかのように手を合わせていると――ちょうどその時。入口のドアが開き、来客を迎えるベルが鳴り響いた。


「――あ、きょうやさん!」

「げ」


 ソラが笑顔で出迎える一方、和輝は小さく悲鳴を上げるととっさに机の影へと身を忍ばせる。

 来客――梗耶はため息を漏らしつつその様子を眺めていた。


「……別にいつも夢姫と一緒にいる訳ではないので、そのリアクションやめてください」

「…………それは良かった」



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