10-3
――夢姫の言葉はいつも突拍子が無いものだ。
それは重々承知だが、それが突如として投げかけられた質問となると尚対応に困るものである。
詠巳と梗耶は顔を見合わせ、口を噤んでしまった。
お互いがお互いの出方を伺うように視線を投げてはかわし、それを少し繰り返した沈黙の後……不意に詠巳が口を開いた。
「私は、一緒にいて心が休まる人が良いわね」
あ、意外と普通なコメント出すんだ。などと梗耶が一人脳内でツッコむ傍ら――
「あー。癒し系ってやつう?」
――夢姫は前向きに解釈し頷いた。
「……それで言うならあたしは刺激的な人がいいのかなあ? どうだろうきょーや?」
「夢姫とは混ぜるな危険状態だと思いますよ。夢姫だけでも十分騒がしいんですから」
「ひどーい」
詠巳に対しては飲み込む言葉の数々だが夢姫に対しては元来より容赦しない梗耶。
夢姫は頬を膨らませ、梗耶を恨めしそうに見つめた。
そんな二人の様子を見ながら、詠巳はまたクスクスと笑う。
「で。風見さんは? 私は話したのだから。次はあなたよ」
梗耶は、変化球の様な詠巳の言葉に戸惑った様で眼鏡を掛け直し、誤魔化すような咳払いをする。
夢姫の好奇心に満ちた、アクセサリーに引けを取らない輝いた瞳が逃がすまいと捉え、やがて観念したように梗耶は息を吐いたのだった。
「……誠実な人が良いです。何考えてるか分からない人って好きじゃないので」
そう言葉を紡ぐ傍ら、夢姫はふと思い出したようで手を叩く。
普段の梗耶の振舞いだ。彼女は、特段男子に対して愛想を振りまく方ではない。
だが、それにしても八雲に対する当たりが異常に強いのだ。
元々事なかれ主義なあるのに関わらず、波風が立ちそうなほどに当人に向かって暴言を投げるということ。それはつまり八雲が“何考えているのか分からない人”であるから、と言う事なのかもしれない。
「あ、もしかして。だからきょーやは八雲さんに冷たいの?」
「え? ああ……春宮さんは……何ていうのか、少し違う気がするんですよね」
「ほえ?」
夢姫の問いかけに、梗耶はそう言葉を濁すと彩り鮮やかなアクセサリーを見つめる。
ガーネットだろうか……燃えるような赤色に光を放つペンダントを見つけ、梗耶は心の奥底で深く響く心臓の音を抑えるように息を吐いた。
「――あの人は、怖い」
「怖い?」
揶揄的な表現とも聞こえないその言葉に、詠巳だけが納得したかのように目を伏せる。
一方の夢姫は分からない、と首を傾げたのだった。
「っていうか……八雲さんより顔面真っ白のクララっちの方が得体が知れないんだけど」
そう、夢姫からしたらあの白塗り顔の方が怖いと言う了見である。
確かに浮世離れした様な、違う世界の人間の様な不思議な感覚は夢姫も感じたものの、イケメン補正が優っているのかもしれない。
だが、梗耶は首を横に振ると、至極まっとうな疑問を投げかける夢姫に言葉を紡いだ。
「クララさんは、見た目はアレですけど……多分、優しい人です」
―――
ふと、会話が途切れた頃、ちょうどに梗耶のスマホが鳴り始める。
慌てて梗耶は携帯を取り出し確認をしている。……どうやら着信が入っているようだ。
画面を覗き込もうとしていた夢姫をかわし画面を隠すと、梗耶は一人店の外へと出て行ってしまったのだった。
夢姫は離れた場所で電話している梗耶の事が気になって仕方が無い様子である。退屈しのぎもあるであろうが、単純に興味があるのだ。
「で、私たちの話は参考になったかしら?」
梗耶を気遣ったのか、はたまたタイミングを見計らっただけなのか……詠巳が静かな声で問いかける。
「ん? んー……まだピンと来ないかも」
「……人の好みってそれぞれだから、同調できる時もあると思うけど、あくまでそれはその人の意見よ」
そう詠巳は言うけれども……夢姫には理解が出来なかった。自分の好みを細かく考えた事が無かったのだ。
「……出会えたら“ビビっと”来るものなのかなあ。あたしも早く出会いたいなー。……運命の人! 王子様?」
誰にでも無く呟いたその時――店内の賑やかさに混ざることもなく、すぐ耳元で澄んだ鈴の音が鳴り響いた気がした。夢姫は思わず手首の腕輪を見る。
「今のは――」
「お待たせしてすみません」
と、そこに電話を終えた梗耶が戻ってきた。
「――犬飼さん、非常に申し訳ないですが。ちょっと用事が出来まして。夢姫の事お願いしても大丈夫ですか?」
恐らく先程の電話は急ぎの用件だったのだろう。
詳しく聞くまでも無いと、詠巳は了承し薄い笑みを浮かべて見せる。
「本当にごめんなさい。夢姫、この前みたいな事にならないよう……犬飼さんに迷惑かけないようにね」
梗耶が念を押すように強めにそう言うと、それまで話を聞いていなかった夢姫もハッと目を見開き頬を膨らませる。
「失礼なー! まるであたし子供扱いじゃん!」
「そのリアクションが既に子供なんです」
梗耶はため息をつくと足早に立ち去って行ったのだった。
―――
その後も夢姫と詠巳は二人で商業施設内を散策し、プレゼントを探していたが、中々決まらず、気がつけば十九時を回ろうとしていた。
洋服はサイズが良いものが無く、アクセサリーを付けたがる人ではない。
靴はデザイン如何で足に合わない可能性がある、香水、時計も付けたがらない。
想い人の情報だけが集まる一方でどんどんと選択肢は削られていくのだ。
だんだんと疲れてきた夢姫を慮ったのか、ふと詠巳が足を止める。
「……夢姫さんの言う通り、料理に挑戦してみようかしら」
「おお! うんうん、良いと思うよ~!」
それは、一番最初に夢姫が提案した事。
元々ナイスアイデアであるとの自負があった夢姫が満面の笑みを見せると、詠巳もつられたように微笑む。
「苦手、でも挑戦してみないとね」
「何ならあたしもきょーやも手伝うからさ!」
「ええ、ありがとう。きっとお願いすると思うわ」
二人は、薄暗くなり始めた商業施設の外、それぞれの帰途につく。
詠巳の足取りは心なしか少しだけ軽く見えるのだった。




