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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
9.心迷て
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9-2

 風の音と、地上から微かに聞こえてくる生徒達の笑い声が、二人の間に漂う気まずい空気を微かに和らげる。

 美味しいはずのお弁当も味が分からなくなりそうな心持ちのまま、梗耶は箸を急がせた。


「……風見さんと、こうして二人で話してみたくなったの」

「は、はあ……?」

「いえね、最初は灯之崎君に近付きさえすれば良かったのだけど……貴女も中々面白そうだと思って」


 ちょっと待て、今たったの一言の中に色々不穏な事言っていたよこの人。

 そう梗耶は思わずいつもの調子でつっこみたくなったが――深入りしたくない気持ちの方がわずかに勝り言葉をにごした。


「風見さんって色んな意味で夢姫さんと対極(タイキョク)にいるのね。幼い頃のトラウマが記憶に残っているから、かしら」

「……どういう意味ですか」

「ごめんなさい。“度が強い眼鏡かサングラス”で目を隠してもらわない限り、過去を読み取ってしまうの。でも、他の人に話すつもりはないから許してちょうだい」


 尚も吸い込まれそうな瞳を向ける詠巳から、目を逸らす様に自身のお弁当に目を伏せる。

 内に秘め続けている口に出せない言葉が梗耶の頭を埋め尽くし、振り払う様にため息を落とした。


「犬飼さんは“私”の事、(アバ)こうって魂胆ですか」

「あら、私ってそう見えるのね。違うわ」

「え?」


 詠巳が静かに立ち上がると、風に揺られる階下へ続く扉を閉じ、口元の笑みを浮かべる。


「風見さんがそこまで怯えている……その瞳に焼きついて離れない“疫病神”の事、聞きたいの。私の通った小学校でも流行ったあの噂と、関係あるかしら」


 梗耶は心の奥底を見透かすようなその視線に耐えかね、視線をコンクリートに落とした。


「……流行りましたね。ああ、そうそう。あの頃から夢姫は首を突っ込みたがっていました……本当に、まるで成長していないですね」


 自嘲気味に呟くと、梗耶は箸を置いた。



 ―――



 ――梗耶と夢姫が小学校に上がり、“あの事故”から一年が経過しようとしていた頃の事。

 小学生達の間でまことしやかに話される噂があった。


甚大(ジンダイ)な被害を生んだあの火災、その現場でまるで命の最期を楽しむかのような少年が目撃されていた。……子供が好きそうな噂の一種ですよね」


 真っ黒な髪の毛は熱風に揺れ、透き通るほどの白い肌が赤に照らされる。

 長い睫毛(マツゲ)が守る瞳は、炎を取り込んだように――血を(スス)ったかのように赤い。

 その姿はまるで絵に描いたような、現実離れした容姿の美少年。


「それが、噂での姿……ですよね。でも、私が見たものは少し違っていました」


 運よく開け放されていた非常用扉から外へ向かう時、当時の私と同じくらいの背恰好の男の子がまさにその時“ま“に取り込まれようとしていた。


 彼の視線を辿り、全てを呑み込もうと燃え盛る炎の渦へ目を向けた時――


 炎揺らめく景色の片隅で一瞬だけ見えたその姿は……真っ白な髪を風に任せる後ろ姿。

 一面の“赤”の中、救いを求めるような“黒い手”達と、それらを統べるような少年の姿――


「その後の事はもう、あまり覚えていません。……っていうか、多分犬飼さんの口ぶりから察するに。“見えている”んでしょうけど」



 ―――



「高校に進学する少し前、和輝さんにお会いしたことあるんです。と、言っても……私が見かけただけ、なんですけど」


 その時私が見た光景は、「あの日」とよく似ていて――


 町の一画にある遥か昔につぶれたまま、時を止めた遊戯施設の跡地。

 夕焼けの“赤”に染まる風景の中、朽ち果てたコンクリートが覆う地面のヒビから次々と湧きあがる“黒い手”と、彼の姿があった。


「急に恐ろしくなって、私は逃げて……後はもう話す事なんてありませんよ。その様子ですと和輝さんの事も分かるんでしょう?」


 梗耶が言い終わる頃には、いつの間にか詠巳は昼食を取り終えていたらしく、役目を終えた空のビニール袋を小さく折りたたみまとめていた。


「あの。犬飼さんは“私”の事も……他の人の事もお見通しなんでしょう。だったら教えて下さい。和輝さんは」

「あら、それはフェアじゃないわよ」

「……え?」

「だって“風見さん”の事は話さないのに、彼の事だけ公開するの?」

「それは、そうですけど……!」


 声を紡ごうとした時、授業開始十分前を告げるチャイムがそれをかき消す。

 視線を手にしているお弁当箱に移すと、手つかずのままとなっているおかずが視界に飛び込み……梗耶は慌てて箸を握りなおした。


「犬飼さんは何を企んでいるんですか?」

「トゲがある言い方ね……企みなんかないわ。本当に貴女と話したかっただけなのよ。老婆心みたいなものかしら」

「心配して、ってことですか?」

「そういう意味ね」


 午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴る。普段の梗耶であればとっくに自身の席で次の授業の準備を整え切っている頃だ。

 詠巳の言葉の続きが気になり後ろ髪を引かれる思いではあるが、それよりも授業が優先である。


 食べ終われなかったお弁当に強引に蓋をして中身を閉ざすと梗耶は慌てて立ち上がる。

 一方で、すでに片付け終えていた詠巳は悠然と立ち上がると、一足先に階下へと続く扉を開けた。


「――風見さん」

「な、何ですか」

「誰にでも人に話せない事はある。だけど貴女の“それ”は余計な荷物に思えるわ。“風見さん”が選んだ道ならば口出す必要はない事だけど」


 “目は口ほどに物を言う”という言葉がある。


 眼鏡を外してもぼやけることのないその瞳で、梗耶はただ去りゆくその姿を見つめていたのだった。


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