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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
9.心迷て
33/144

9-1

「きょーや!! おっはよー!!!」


 一夜明けた朝。この日は梅雨の季節とは思えないほどの晴天だ。吹き抜けるような青空と自らの心がリンクしているかのように、夢姫のテンションはいつにもまして高いものとなっていた。


「おはよう、夢姫」


 一方で梗耶のテンションはいつにもまして低い。彼女の心にのみ曇天が広がっているかのようで、深いため息を地面に落としていた。


 中身が入っていない通学鞄をくるくると振り回して夢姫は前を歩いていた。だが、冷めた表情をした梗耶の姿に気づくと、その顔を覗き込む。


「きょーやテンション低いよー? もしかして()()の日? お腹痛いの?」

「大声で言わないそういう事。そして違います」


 至近距離で視界を遮ってくる夢姫をかわし、梗耶はまたため息をつく。

 梗耶のテンションが低い理由は……もちろん一時的なものではない。


「……大体、誰のせいで私が一人思い悩んでいるか」

「おはよう、夢姫さん、風見さん」


 その複雑な心境などまったく理解できない、といった様子で首をかしげている夢姫に苛立ちさえ覚えてしまうようで梗耶が語気を強め言い返そうとする。ちょうどとの時であった。

 梗耶の文句は、耳元で囁かれた細い声に遮られてしまう。


 大きく息を吐き、心音を落ちつけた梗耶が苦々しく振り返ると――そこには新たな“悩みの種”といえよう……犬飼 詠巳(ヨミ)の姿があったのだった。


「ああ! よみちゃんおっはよー!! 昨日は大丈夫だった? 和輝何もしてないー?」

「ええ、彼はああ見えて草食系よ」

「そっか!」


 夢姫は詠巳の両手をとり、まるでダンスでも踊るかのようにクルクルと回りその全身で弾む気持ちを表現している。梗耶は目の前の絶望的な光景に頭を抱えた。


 この二人は制服を何だと思っているのだろうか、守ろうという気持ちがみじんも感じられない校則違反の詰め合わせ状態だ。

 夢姫は唐突な授業妨害を繰り返すし、対する詠巳もまた昨日の自殺未遂によってその名を知らしめた。この二人は共に名の知れた問題児なのだ。


 そんな二人による夢のコラボが目の前で繰り広げられているのだから、梗耶のテンションが上がる筈がない。


「あの! ……私、今日は清掃当番なので、先に行ってますから」

「あれ、きょーや? あたし達も一緒に」

「良いです! ……夢姫は、犬飼さんとゆっくり行って下さい」


 学校へと急ぐ他の生徒達から痛いほど注がれる好奇の視線。問題児共が道の真ん中でじゃれあっているのだから目立たないはずがない。

 その中心にいる二人から少し距離をとると、梗耶は出来るだけ他人のふりをしたのだった。



「――夢姫さん、もしかして風見さんって小さい頃泣き虫だったりした?」


 梗耶の後ろ姿が小さく見えなくなるまで見送った頃、詠巳がか細い声を紡ぐ。


「ん? んにゃ。むしろ泣かせまくってた方だったよ? なんで?」

「いえ、ちょっと聞いてみただけよ」


 幼い頃の記憶を辿り夢姫が首を傾げる。傍らの詠巳は何か納得したかのように頷くと、やがて小さな声でそう返したのだった。



 ―――



 ――午前の授業が終わり、終礼のチャイムが鳴り響く。

 梗耶のクラスは午前最後の授業が体育であった。生徒たちの空腹もひとしおだ。


 体操着のまま購買部に走る者もいれば着替えを済ませ早々と自賛した弁当を食べる生徒もいる。

 皆が各々の形の休息をとる中、梗耶は手早く着替え教室へ帰っていく。


 梗耶には自参の弁当がある。人気商品がすぐに売り切れる為、時間との勝負となる購買組と違い時間には比較的余裕があった。


「風見さん。良かったら、一緒にお昼どうかしら」


 教室へと続く長い廊下の道中、気配なく隣に寄り添った細い声に梗耶の足が止まる。

 視界の端に入り込んだその人物は汗ばむ季節にも関わらず真っ黒なローブで素肌を隠した――渦中の問題児、詠巳であった。


「夢姫と一緒じゃないんですね。私と? 二人で?」

「ええ」

「なんで……?」

「何となく、かしら」


 この“何となく”という言葉は(イササ)か曖昧である為、確固たる拒否の言葉も思いつかないものだ。

 ご多分にもれず梗耶も断る道理も無いと、小さくため息をつき頷くばかりであった。



「――ごめんなさいね? 貴重な休み時間取っちゃって」

「い、いえ。って言うか、また先生に怒られそう……」


 梗耶は一旦教室へお弁当を取りに戻ると、詠巳に連れられ屋上に来ていた。


 屋上へと続く扉は、昨日の騒動の後すぐに教師達によってカギを取り換えられたらしい。元々立ち入りを大目に見てもらっていた場所であったが、昨日の一件で管理体制を見直しがなされ始めたようだ。

 仰々(ギョウギョウ)しい赤と黄色の文字で“立入禁止!!”と記された張り紙と共に真新しいカギでその入り口は封鎖されていた。

 ……だが、詠巳はどこから持ち出したのか手にしていたヘアピンで容易く鍵を破ると、誰もいない静かな屋上へと梗耶をいざなったのだった。

(良い子はまねしないでね)

「あら。私と一緒にいるところ見られたくないのでしょう。怒られるのは私だけだから気にしないで」

「いやそんなつもりじゃ! って言うか、それもどうなのかと」


 かみ合っているようでかみ合っていない言葉のキャッチボール。

 見えていないようでいて、黒髪の隙間から心の奥を見透かしている視線が気まずく思え、梗耶はとにかく急いでお弁当を食べ終えようと箸を進める。


 そんな梗耶の心の声をも見通すかのように、詠巳はうっすらと笑みを湛えた。


「そんなに急がなくても、もう飛び降りかけたりしないわよ」

「う……」



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