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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
8. 心を澄して
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8-3

 

「――ねえ、よみちゃん。まだじっとしていないとダメ?」


 じっとしていられない子供のように、夢姫はソワソワと体を揺らし、両手をはばたく鳥のように上下させている。

 自分から頼んでおきながら、生来より動かずに待つという行為が何よりも苦手な性分ゆえに早々に飽きてしまい目をそらしたくなっていたのだ。


「……もういいわ、そろそろ何か見えてきたから――」


 先ほどまでは長い前髪が遮っていたがゆえに、夢姫はこの時初めて詠巳の瞳を見ることができた。

 詠巳の瞳は黒の中にうっすらと紫の混ざったような不思議な色をしている。深い水の底を見つめているような、鏡の中の自分と語り合うかのような――夢姫がその瞳の奥に映る自分自身と視線を重ねあったその時。ふと、詠巳の表情が変わった。


薔薇(バラ)、火事……あっ……駄目!!」

「……よみちゃん?」


 詠巳は苦しげに叫び声をあげると、頭を抱え込みそのまま座り込んでしまったのだった。



「か、和輝さんっ!? ……犬飼さんの様子が!!」


 監視という名目で一部始終を眺めていた梗耶は詠巳の異変に気付くと傍らの和輝の肩を叩く。しゃがみ込んだままの詠巳は浅い呼吸を繰り返し、うめき声を細い口から絞り出すばかりとなってしまっていた。居ても立っても居られず物陰から飛び出し、それに和輝も続いた。


「……風見、下がってろ」


 和輝は光を集め輝く刀を携える。そして、尚も(ウズクマ)ったままの詠巳とその背中を撫でながら顔を覗き込んでいる夢姫の背中目掛け切りかかる。

 夢姫はその背中に走る風の気配を察すると、とっさに詠巳の背中を押し、その切っ先を交わした。


「か、和輝!? 何すんのよ急に!」

「何避けてんだよ! 邪魔するな!」

「邪魔って! 人切りつけといてその言い方……」


 詠巳の元を離れると、夢姫は立ち上がり和輝の方へと向き直る。和輝の道具“刀”で肉体的な損傷を負うことはないと分かっていても、いきなり切りかかられることは心臓に悪いのだ。


「ああもう、仕留め損ねた!」

「何がよ」

「……気付いていないの? 後ろだよ!」


 夢姫が詰め寄っていたその時。背後で、布のこすれあうような音が聞こえた。どうやら先ほどまで苦しみ呻いていた詠巳が立ち上がったようだ。

 刀を構えなおしている和輝の視線を辿り、夢姫は振り向く――それと同時に、詠巳の身体からにじみ出てきた黒い(モヤ)がその身を包みこんでしまったのだった。


「これって……まさか鬼ちゃん?」

「“ちゃん”って……まあ、そう言うこと!」


 ようやく状況を飲み込んだらしい夢姫はそそくさと和輝を盾にするようにその身を隠す。呆れたようにため息を落とすと、和輝は刀をまっすぐ構える。

 対峙する形でゆらりと立ち上がった詠巳はあくまで抵抗するつもりであるようだ。黒いローブの中からバーベキュー串を取り出すと両手に握りしめ、和輝を睨みつけていた。


「待て、なんで学校帰りにそんなもん持ってんだよ!」


 和輝のツッコミに耳を貸す様子も無く、詠巳はまっすぐにその鋭い先端で切り裂こうと間合いを詰める。


 そんな中、夢姫は思い立ったように詠巳の身体にしがみついた。

 両手を塞がれる格好となった詠巳は振りほどこうと暴れるが、夢姫も引き下がろうとはしない。


「離せ……この!」

「やだー! 見てるだけなんてやだ! あたしも戦うんだもん!」


 極めて不純な動機で加勢してきた夢姫の姿に和輝は思わずため息をつく。……だが、何がともあれこの有利を逃す手はない。

 刀を今一度構え直し詠巳の右肩から左脇へと光の刃が一閃させると黒い靄が光へと帰っていく。

 詠巳は和輝を睨み付けると、気を失ったようでそのまま後ろの夢姫に体を預けたのだった。



 ―――



「――和輝さん、犬飼さんは大丈夫なんでしょうか……?」


 物陰に身を隠していた梗耶が恐る恐る和輝に歩み寄ると、眠るようにして意識を手放した詠巳を心配げに見つめる。


「しばらく目覚めないだろうな。……完全に心を取られてた訳ではないから、そう時間はかからないと思う」

「……そうですか」

「ここに寝かせるわけにもいかないから……不本意だけど來葉堂に――」


 息をつくと、和輝は不安げな梗耶にそう答える。ぐったりとうなだれている詠巳の姿を一瞥(イチベツ)すると切っ先を払い、刃を光に返していた。


「ちょ! ねぇ! そんな話よりあたしいつまで支えてれば良いのよ!? 和輝早く代わんなさいよ!」


 ――梗耶と和輝がそんな言葉を交わしている間ずっと、夢姫は詠巳の体を支え続けていたらしい。だが、いよいよその華奢(キャシャ)な腕は限界を迎え始めていた。

 自身の存在を無視したまま進んでいく話に強引に割り込むと、二人はようやく夢姫の存在を思い出し小さく声をあげたのだった。


「すみません、夢姫の存在忘れてました」

「うん」

「ちょっと!」



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