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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
7.紫苑を殖て常に見るべし
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7-2


「――よお、昨日は俺の後輩が世話になったらしいな!」

「あの……すみません、誰ですか?」


 苛立ちを隠そうともしないまま夢姫達の前に立ちはだかったのは三人の男だ。話しぶりから察するに昨日ソラに絡み、夢姫が怒らせ最終的に和輝が退けた不良たちの先輩のようである。

 道具の影響下にあったためか、記憶があいまいな和輝がそう尋ね返す。……すると、男の一人が近くに停められた自転車を蹴り倒し苛立ちを全身で表す。

 ドミノ倒しの様に崩れる自転車の騒音と共に周囲に居た人々は声をひそめ逃げ始めた。


「ああ!? 見せもんじゃねえ! ……おいてめえ、俺らの後輩がヨソもんにナメられたままだと示しが付かねえんだよ! 今すぐ土下座か、殴られるか、誠意っつーもんを示せや」


 三人組のうちの一番背の高い男が和輝を見下しそう告げると、恫喝(ドウカツ)されたという恐怖で和菓子屋のおばちゃんは小さな声で悲鳴をあげた。


「何よ、あんた達が先に突っかかってきたんでしょ!?」


 不良たちの剣幕に押されることもなく、夢姫は矢面(ヤオモテ)に立とうと声を荒げる。だが、その一方で穏便に済ませたいと考えた様子の和輝は静かに頭をさげる。


「あの、ちょっと、昨日の記憶が曖昧なもんで……何か余計な事言ってたらすみませんでした」

「ああ!? お前じゃねえよ! 後ろの女! そっちの……お前だよ、そのゴキブリみたいな頭の!!」

「ご……あたし!?」


 三人の不良たちは気が済まない様子で、和輝の後ろで様子を伺っていた夢姫を指し示す。

 “確かに黒髪だし、触角にも見えるし。的を射た表現するなあ”などと和輝は感心してしまっていたが……話が拗れるので口にすることはなかった。


「後輩が言うには“確かに気が立ってチビガキを締めたが、そこにしゃしゃり出た変な女は許せない”んだとよ。……つか、大体! 力も無いくせに口ばっか一丁前で、そのクセ危なくなると男の影に隠れる。……俺たちゃてめえみたいなクソ女が一番ムカつくんだよ!」


 三人が和輝を突き飛ばし、そのまま夢姫を取り囲んでいく。

 不良たちは皆背が高く、夢姫は三方を壁に取り囲まれたかのように見上げるばかりとなってしまった。


「ぴ、ピンチ……?」

「土下座か、殴られるか、金か! おら選べや」

「あ、“体で”って選択肢は無いのね」

「要らねえな、そんな貧相な体」

「失礼な!」


 突き飛ばされた拍子にのぼり旗のブロックに足を取られよろめいた和輝は足もとのホコリを払いながら小さくため息をついた。


 ふと、“今ここで夢姫を置いて逃げ切れば、自分の手を汚す必要もないのではないか?”

――そんな黒い気持ちが和輝の心に湧いていた。


 流石に不良と言えど命までは奪わないだろう。

とはいえ……夢姫のあの様子であれば、不良と和解することも無いだろうが。


 夢姫が痛い目に遭えば。

 夢姫がこれに懲りて大人しくなってくれれば――


 そうすれば、あるいは八雲だって考えを改めるかもしれない、と言う希望的観測も抱いていたのだ。


「あ、謝らないわよ? だってあたし悪い事してないもん、元はと言えばあんたらの仲間が……ちゃんと謝ってたソラぽんをいじめてたから!」

「ああん!? じゃあ何か、謝りさえすれば何しても許されんのか!? 謝りさえすれば制服汚されても笑って許せってのか!?」

「こ、子供のやった事じゃない!!」

「だ、か、ら……チビガキは許したって言ってんだろう? お前は子供じゃないだろ、だからお前に誠意を見せろって言ってるんだよ!!」


 まあ、謝らないだろうし、土下座なんてもってのほかだろうな。


 和輝は静かにため息をつき、そっと後ずさる。

 幸い不良たちも遠巻きに見ている野次馬達も、尚も強気な姿勢を保つ夢姫だけに視線を注いでいるのでこのままフェードアウトすれば良いだけ。


「謝りたくねえっつうなら、道は一つだ」

「体で……!?」

「だから!! ああムカつく!! ぶん殴るっつってんだよ!」


 不良の一人がどうやら夢姫の胸倉(ムナグラ)を掴んだらしい。

 遠巻きの野次馬達の悲鳴が聞こえ、和輝は逃げるように背を向けた。


 ――その時。


「いい加減になさい!」


 和輝にとって聞きなれた声が商店街のアーケードに響き渡った。

 普段の女性らしい喋り方とは違う凛々しい声に和輝が振り返ると、夢姫に向かい振り上げられた不良の握り拳を不良たちよりもさらに背の高いクララが軽々と掴みあげている。


 和輝達の予想通り、今はノーメイクのようで大きなマスクで口元を隠している以外は普通の肌色、眉も元々剃っているのだろうが麻呂眉では無く現代に則した茶色の眉毛であった。

 服装も派手派手しい和装では無いフォーマルな装いのクララが不良を睨むと、流石の不良たちも一瞬(ヒル)んだようであった。


「な、何だてめえは……! 関係ない奴は引っ込んでろや!!」

「例え関係なくても見ていられないわ。寄ってたかって一人の女の子をいじめて、カッコ悪いって思わない? あなた達、それでも男なの?」

「オカマかよ! てめえみたいな男が腐ったみたいなヤツにだけは言われたくねえわ!!」


 夢姫の事は見捨てるつもり満々だった和輝だが、クララが出てしまうとそうもいかない。


「ああもう!」


 誰に言うでもなく言葉を投げ捨てると傍らののぼり旗を引き抜き刀の代わりに構え――今にもクララに殴りかかろうとしている不良に向かい駆け寄った。


 ――が。和輝が声をあげるよりも先に不良の体が宙を一回転し、アーケードタイルにその身を投げ出されていた。


 何が起こったのかまるで分からない鮮やかさに、身を打ちつけた不良が仲間二人の助けを借りその身を揺り起こす。


「男が腐ってようが、女だろうが……理由があろうが無かろうが! 暴力で解決しようとした時点であんた達も同レベルよ!」


 クララがいつになく男らしい調子でそう言葉を投げると、空手の構えを決めて見せる。

 不良達はその剣幕に押され言い淀んだようだが、引くに引けないのか悪態付き唾を吐くと、一斉にクララに殴りかかろうとした。


 だが、和輝がのぼり旗を低く構え足払いを掛けたことにより、三人とも足を取られ前のめりにこけてしまったのだった。


 ちょうど時を同じくして、歩行者天国と相成っている商店街のすぐ脇道から赤い光が差し込んできた。


 恐らくは野次馬の誰かが警察を呼んだのだろうと和輝達も不良たちも即座に理解し、不良たちはどう考えても自分たちに分が悪いこの状況――


「くそ、納得行かねえ! クソアマ、覚えてろよ!」


 捨て台詞を吐き捨て野次馬を押しのけながら逃げ出していく。

 ……が、直後。三人は警官達に取り押さえられパトカーに連れて行かれたのだった。



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