7-1
騒動から数日経った頃――
日ごとに季節はうつろう。肌寒ささえ感じられた春の風もすっかり暖かくなり、この頃は初夏の気配が感じられていた。移ろう四季に胸が躍るらしく、夢姫は非常に上機嫌であった。
この日もまた、いつものようにホームルームが終わると同時に猛ダッシュ。
逃げるように帰ろうとしていた和輝を追いかけると、夢姫はカバンを掴み捕獲したのだった。
「もー! 何で置いて帰ろうとするのかなあ!? この超絶美少女ゆーきちゃんがモテナイ冴えない陰キャくんに楽しい下校時間をプレゼントしてあげてるのよ! この貴重な時間をもっと大事にしなさいよ!」
「モテなくて良いし冴える必要性感じないし陰キャで良いし、そもそもお前は美少女じゃない!」
「んまー失礼な。あたしの魅力が分からないなんて目が悪いんじゃない? ……ああ、そうか! 今まであの白おばけが判断基準だったから目がやられちゃったのね~可哀相に」
「白おばけ……ああ、クララか……って多方面に失礼な」
カバンを掴む手を振りほどこうとして和輝は前を進む足を速めたが、夢姫も負けはしない。
飼い犬の首輪につけるリードのような形で和輝のカバンの紐をしっかりと握りしめたままの夢姫は、ふと思いついた疑問を投げかけた。
「ねえねえ和輝、和輝はさ? なんであのお化け屋敷に住んでるの?」
この場合、和輝は飼い犬扱いとなるが……彼に犬の従順さはない。
不機嫌そうに眉をしかめると、引っ張られたままのカバンを小脇に抱え直し引っぱり返した。
「お化け屋敷って……それ何気に失礼じゃない?」
「そお? だって白い顔のお化けと全体的に白いイケメンと子供の幽霊と。……ほらお化け屋敷!」
確かに、と和輝は一瞬納得しかけた。が、気を取り直すと大きな瞳を爛々と輝かせる夢姫を目の前に深いため息を落とす。
「関係ないだろ……俺がどういう所に住んでいようが」
「えええ! 教えてくれたっていいじゃない! 和輝の親は? まさか……正体不明のモンスターに食われて天涯孤独になって、同じ境遇の……」
「違う!! ……水瀬は小説家でも目指せば? っていうか放っておいて」
いつもの妄想を始めた夢姫に対し、苛立ちを隠せなくなった和輝がカバンに掛けられた手を振りほどき、逃げるように走り出す。
世間一般的な女子であれば怯み、謝罪でもしそうな剣幕だったのだが……夢姫がこの程度で臆するはずも無く、走り出した和輝を慌てて追いかけた。
「食べられたんじゃないなら、どこに居るのよ! まさかテンプレ的に“海外に居るんだ!”とか言い出すんじゃないでしょうね!? 血の繋がっていない妹とかいるんでしょ!? 何それずるい!! あたしも妹欲しい!!」
「その妄想やめろっての! うちは兄貴だ……け」
ふと、和輝の足が止まる。
有り余る妄想パワーに身を任せて全力で追いかけていた夢姫はというと……急には止まれないもの。勢いを止められないまま和輝の背中にぶつかってしまい尻もちをついたのだった。
「きゃん! ……ちょっと急に止まんないでよ」
「クララだ」
「ほえ?」
和輝の呟きを耳に、夢姫はその視線を辿る。
――目の前には和輝の住む來葉堂へと続く商店街。決して少なくない人の往来の中に頭一つ飛びぬけて高身長な人物の姿が夢姫たちの目に留まっていた。その桃色をした派手な髪色――間違いなく白おば……クララ、その人であった。
「ほんとだ! クララっちだ! 今日お店定休日だったの?」
「いや。……ああ、でも」
この時ふと和輝が思い出した事。
そう、ソラの通う初等部の授業参観だ。つい先日クララが行く話をしていたのだ。
夢姫もまた、その言葉で理解をした……と同時に、彼女の脳内では瞬時にある事実に辿りつき、小さく声をあげると和輝のカバンを再び掴んだ。
「……と、言うことはよ? 今こうやって堂々と表を歩いているあのクララっちは……すっぴんなんじゃない!?」
「は? ……ああ」
少し考え、和輝も気付いた様子で少し先を歩くクララの背中へ視線を投げる。
通りを行きかう人々はクララに対し無関心であることから、普段の派手派手しい装いではないのだろうと言うことが伺い知れた。
「……ねえねえ、和輝は見た事あるの? クララっちの素顔」
「いや、クララは朝出勤してくるときから、家に帰るまであの白塗りだから。見た事無い」
先程までの剣幕がどこへやら。
和輝は声を潜めそう返すとすぐ近くのお店ののぼりに身をかくす。
考えは同じなのだろう、夢姫もまた同じくして和輝の背中に身をかくした。
「クララっちさあ、顔真っ白だけど、多分イケメンだよね? “せーかんなかおだち”ってやつう?」
「それは俺には判断しかねるんだけど」
「なんでわざわざあんなひっどい顔にしちゃうんだろ」
「ひどい言うな」
クララはどうやら商店街の一角に佇む和菓子屋が気になったらしい。
店頭でおまんじゅうや団子を眺めていたかと思えば、奥に居た店主のおばちゃんと談笑し始めた。
「ねね、これさ“今帰ってるところなんですう!”みたいなテンションで、声かけちゃった方が早くない?」
「……俺が一人ならそうしてるんだけど」
「何よ」
「水瀬と二人っきりで帰ってる、って思われたくない」
「ちょっと! 失礼な!」
背中を叩く夢姫を無視して、和輝はどうにかしてクララの顔を拝もうとのぼりを片手に翻すが、和輝達の居場所からではどうにもうまくいかない。
「……仕方ない、声を掛けるしか、ないか」
「どんだけ不服なの? ねえ」
心底嫌そうにため息を吐くと和輝はのぼりから手をはなし和菓子屋へと足を向ける。
が、その行く手を阻むようにして二人より少しだけ年上の風の男達が三人、和輝の前に立ちはだかった。




