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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
6.平かに養ひ立てけむ
25/144

6-2


「――もうやめなさいよ! 謝ってるじゃん!!」


 その時。甲高く、気の強そうな若い女の声がソラの耳をつく。

 不良の陰に隠れてしまい姿こそ確認できないものの――それはソラにとって聞き覚えのある声だった。

 騒ぎに気付いた様子で、コンビニの店員たちが何やら遠巻きに話をしている。

 その様子もまた気に入らなかったのだろう。不良はいらだった様子で背後に立つ女に怒鳴り返した。


「何だ女!! てめえの連れか!? じゃねえなら関係無いだろう!?」

「関係あるわ! ダチのダチも友達よん! 必殺……っ」


 戦隊物のヒーローのように声を張り上げた女は、ミニスカートを翻し両足を広げると腕を胸の前でクロスさせる。

 どういう意図があるのかも分からないような謎の決めポーズで不良の目の前に躍り出たのは――夢姫、その人であった。


「……水瀬家伝来!! ミレニアムライジング!!」


 胡散臭い似非格闘家と表現するのが一番正しいだろうか。両手と片足を持ち上げた謎のポーズを決めると、夢姫は必殺技を決めるヒーローのごとくそう叫び、不良の脇腹に手刀を突き刺す。

 とどのつまり、それは只の脇チョップなだけだが……脇腹が丸空きだった不良には効果絶大だったようだ。


 少年は小さくうめき声をあげると、その場に(ウズクマ)ってしまったのだった。


「大丈夫だった? ソラぽん」

「ゆうきさん、ありがとうございま」


 颯爽と髪をたなびかせると、不良の傍から離れて手を差し伸べる夢姫にソラは頭を下げ礼を言おうとした。


 だがその時だ。ソラの視界にゆらりと動く不良の姿がうつり、思わず声を上げた。


「このクソアマ……やってくれやがったなあ! 女だからって何やっても許されるとか思うなよ……お前ら、やっちまえ!」


 不良は立ち上がると、ダメージが残っているのだろうか……脇腹を押さえたままに苦し気に声を上げる。その少年にとって夢姫のとった行動は侮辱的な行為であり、許しがたいものであったのだ。少年が招集をかけると、呼応するように何処からともなくいかつい男達が集まってきた。


「テンプレだ! ……一人見付けると三百人、ってヤツ?」


 その一部始終を眺めながら、夢姫は他人事のように呟いていた。

 だが当の不良たちは“他人事”で片付けられるほど穏やかな心持ちではない。コンビニの駐車場に、夢姫達の逃げ場を奪うように無数の不良たちが取り囲んでいった。


 徐々に間合いを詰めてくる不良たちの体をよく見ると、蒸発する水蒸気のような黒い煙が立ち上っているように見える。夢姫はつい先日似たような現象を目の当たりにしたばかり――そう、和輝が打ち祓っていた“ま”によく似ている。


 “これも鬼ってやつなのかな”などと夢姫はのんきに考えていた。


「……水瀬家伝来……えーと、ライジング……逃げるが勝ちっ!!」


 確証こそないものの、これが“鬼”であれば華奢な夢姫にも対抗する術がある。夢姫は必殺技のような言葉を紡ぎ叫ぶと、同時に指先に意識を集め黒い杖を片手に握った。

 そして、黒の杖を一閃させて道をこじ開けると――ソラが背負っていたランドセルを片手に掴み、引っ張り逃げだしたのだった。



 ―――



「――ゆうきさん! こっち、だめです!!」


 網目のように張り巡らされた細い路地を縫うように走っていた夢姫は、ソラの声で我に返ると立ち止まる。

 二人の目の前には“道路工事による迂回路のご案内”と書かれた看板が無機質に立ちはだかっていた。

 夢姫は呑気な声を出し、ため息をつく。

 その呑気さとは裏腹に背後には不良たちと思われる怒声、足音が近づいてきていた。


「こーなったら、実力行使、しかないわよね! 先に仕掛けたのは向こうだもん!」


 夢姫はそう呟くとソラを背中に隠し、黒い杖を握り締める。

 不良達が束になって夢姫に向かい走り来る中。逃げ場など当然ない。一人、二人ならまだしも、相手は十数人……しかも、こちらは華奢な夢姫がただ一人。

 どちらが優勢かくらい、小学生でも分かる答えだ。……ソラはもうダメだ、と目をつぶる。

 だが、誰かが殴られるような嫌な音は聞こえない。しばしの静寂があたりを包み、ソラが恐る恐る目を開けると――そこに立っていたのは和輝であった。

 和輝が二人を不良たちから守るようにして立ちはだかっていたのだった。


「かずきさん!」

「和輝!? 何でこんなとこに」


 安堵の声を落とすソラをよそに、和輝は強く夢姫を睨む。何か言いたげな様子であったが、今はのんびりと話をしている時間ではないと考えていたようで……代わりに舌打ちをすると、背を向けた。


「まだ、なりかけだな」


 和輝は手にしている刀に光の刃を宿し、もう片手では近くに転がったままのソラのランドセルを握り盾代わりにする。

 殴りかかってくる不良達を軽やかにかわし、和輝は一人……また一人と黒い(モヤ)(ニジ)むその体を切り裂いていく。光の弧を描く鋭利な切り傷に痛みがあるのか――それは夢姫には分からない事。

 切り裂かれた不良たちは皆、眠りにつくかのように地に伏していく。やがて群がっていた不良達も残りわずかとなった。


「くそ……! この借りは必ず返す……覚えてろよ!」


 リーダーと思しき一人の男がそう叫ぶと、不良たちはクモの子を散らす様に逃げ去っていったのだった。


「――最後までお約束通りだったわ、何あの天然記念物」


 不良達が走り去ったのを見届け夢姫がそう呟く。

 相槌を返そうともしないまま、和輝はその後ろ姿を鋭く睨むと……光を宿したままの刃を夢姫の背中に付きつけた。


「……ほえ?」


 夢姫にとっては唐突で全く意味が分からない展開である。不良の一味であればまだしも、自分が斬られるいわれもないからだ。まるでちりちりと焼けるような感覚をその背中に感じ、夢姫は振り向くと素っ頓狂な声を上げていた。


「な、なあに和輝怒ってるの?」

「……ここでお前を消してやる。……ソラを巻き込みやがって!」


 ――そう、和輝は八雲の言葉を思い返していたのだ。

 師匠に課された“任務”、あれはやはり正当な理由があってのものだと。きっとこのまま夢姫を生かしておけば、身近で弱い存在に危険が及ぶのだと……そう見せつけられた気がしていた。


「え? ……あごめんごめん。あまりのお約束っぷりに……ついさ」

「つい? “つい”であんな危ない事やんのかよ!」

「あの!! かずきさんっ」


 夢姫に詰め寄る和輝、その服の裾をソラが悲しげに引きとめる。


「……ソラ。邪魔するな、先に帰ってな」

「そうじゃなくて! あの、ゆうきさんは、ぼくをたすけようとして、だから……やめてください!」


 ソラが対峙する二人の間に割り入ると懸命に言葉を紡ぎ、和輝を見つめる。

 その訴えかける視線に耐えられなくなったらしく、和輝は夢姫につきつけていた刀をゆっくりと下ろした。


「分かった、分かったから……そんな目で見るな……今回はソラに免じて許してやる。……が、次はない」


 背中越しの夢姫にそう言葉を紡ぐとソラにランドセルを返し、先に歩き去っていく。

 その後ろ姿を見つめ、夢姫には尚も意味が分からない話であった、が。

 ソラが夢姫の手を引き微笑むので、そのまま二人も帰路に立ったのだった。



 ―――



「あら、和輝くんも一緒だったのだ? お帰りなさいなのだぞ」


 夢姫を送り届け、來葉堂に帰ってきた和輝とソラを、野太い声が出迎える。


「クララ、まだいたんだ」

「んもー和輝くんたら、冷たいのだ。ご飯を用意して待ってたのだぞ!」

「どうも」

「んー! ……冷たいのだっ!」


 クララを軽くスルーすると、和輝は厨房の奥へと消えて行った。

 そんな和輝を追い、同じく厨房に向かおうとしたソラをクララが呼び止める。

 かなりの身長差があるため、小さいソラはクララを見上げる形である。目線を合わせるように大きいクララが屈むと、ソラの頭を撫でた。


「授業参観、あるんでしょ。夢姫ちゃんからメールがあったぞ」

「……あ。あの」

「八雲さんが、行けないから、遠慮して言えずにいたのよね? 子供がそんな遠慮しなくても良いのだぞ? ……まったく」

「でも、ぼくは」

「授業参観の日、お休みもらったから、クララが行くわ」

「え」

「大丈夫! お化粧は薄くするぞっ!」

「……はい!」


 満天のクララスマイル。それにつられてソラも笑ったのだった。



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