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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
5. 有所知たる人
22/144

5-3


 ――一方、背に腹は代えられぬという結論に至った様子の和輝は、それまでの経緯を夢姫に話していた。


「ふーん、それでそんなイモ臭い格好で徘徊(ハイカイ)してたって訳かあ」

「イモって言うな徘徊って言うな。……で、風見に」

「ねーねー、もいっこ聞いて良い?」


 本題に入ろうとする和輝を軽く無視して、夢姫は爛々(ランラン)と目を輝かせそう尋ねる。

 和輝は最早諦めたようで投げやりに頷く。空腹に耐えかねて判断能力が落ちてきていたというのが正直なところである。


「和輝と八雲さんって、どんな関係なの? 師匠って何の師匠?」

「……水瀬には関係無いだろ」

「関係無くないわよ!」

「どう関係あるんだよ?」

「友達の事は何でも知りたいもんでしょ? あたしと和輝は友達なんだから、関係ある! どーよ!」


 当人は論破してやった、というつもりなのだろうが別に特別なことは何一つ言えていない、言いがかりもいいところだ。得意げに腕を組んで見せている夢姫の姿に、和輝はため息しか出ないのだった。


「――聞いて楽しい話でもないよ」

「いいわよ! 楽しくなかったら、途中でやめてもらうから!」

「……」



 ――同じ頃、川辺の草むらに座る少女と白塗り。奇妙な光景だが、当の本人達はいたって真面目である。

 いたって真面目な白塗り・クララは“内緒にしててね”という前置きと共にその口を開いた。


「あの子ね……小学生位の頃に揉め事があって」


 詳しくは知らないけど、お友達と何かあったみたい。私が聞いたのは、ただ“相手の子に大けがを負わせた”ってことくらいね。親が一緒に謝りに行ったから、その子の親も許してくれたらしいの。お友達の方も“和輝くんが悪いわけじゃないから”って言ってくれたみたいで。

 だけど、和輝くんは――


「――自分がまたお友達を傷付けるんじゃないか、って怖くなってしまったみたい」


 私にはよくわからないのだけど、ぼんやりとして見えるあの子は時折何かに取り付かれたように感情を爆発させてしまうことがあった。分かりやすく言うなら、“カッとなって”しまうような。


「自分でも制御が出来ないみたいでね。“もう喧嘩しないで”と親に懇願されてしまって、どうしたらいいのか分からなくなったのね……謝りに行った帰り道、逃げ出してしまったの」



「――子供のころ、色々あって、怖くなって逃げて……あてもなく歩いていたとき、初めて“鬼”に遭遇したんだ」


 ワクワクと胸を躍らせながら待っていた夢姫を横目に、どこから話せばいいのかと和輝はしばし悩み……沈黙が続いていた。やがて和輝は息をつくと、言葉を紡ぎ始める。


「鬼って、あの、この前見た黒い人よね!」


 夢姫は先日の八雲の言葉を思い出し声を上げる。“鬼”――それは地の底から湧きあがるようにして人の形を成す、禍々しいほどに黒い“それ”のことであると瞬時に察したからだ。


「その鬼が最初にやっつけたモンスター的な?」

「違う。ガキだった俺にそんな力も無かった」

「負けたの?」

「……勝ち負けじゃないっていうか」


 夢姫が先の言葉を待っている。絵本の次のページを待っている子供のような目が和輝を急かしていた。


「……地面ばっかり見てた。人間の足に(マト)わり付いてる黒い手が見えてたから」


 ――それは俺だけが見えているものだと知ったのは随分と小さいころだった。

 父親に話せば“気のせいだ”と一蹴(イッシュウ)され、母親からは気味悪がられた。


「その日も、地面を見ながら、行くあても無いまま歩いてた。でも――」


 妙に足が重くって、俺は立ち止まり足元を見た。気が動転した。だって、自分の足に(オビタダ)しい数の“手”が絡みついていたのだから。


 見えることはあった。だけど、それが自分自身に害をなすことはなかったから……“それ”に自由を奪われている人を見ても、心のどこかで“他人事”だと思っていた。


 いざ、自分の身に襲い掛かると、それはまるで地獄にでも(イザナ)っているようで、立ちすくんだ。

 そうしている間にも夥しい数の“手”は、一つ……また一つと地面のいたるところから沸きだし這い上がって来て――

 身体の自由は奪われ、もう逃げられない。そう悟った。


「――そこに現れたのが師匠だった」


 師匠が俺に渡してくれたのがあの道具――“刃を持たない刀”だった。

 それを手にしたとき、まるで昔からずっと俺の物であったかのように手になじむ感覚が芽生えた。

 光の刃が辺りを照らすと、同時に体が軽くなった。足元にまとわりついていた“ま”も跡形もなく消え去っていた。


「……勝ってるじゃん」

「いや、これ勝ち負け……?」



 ―――



「――その時、何が起きたのかは私には分からないわ。……ただ、和輝くんが言うには八雲さんは命の恩人。そして親でさえ分かってくれなかった自分を、理解してくれた唯一の存在……親であり、兄のような存在なんですって」


 ――話し終わると、クララは空を見上げ、何やら思いをメグらせる。比例するように、梗耶はうつ向き黙り込んでいた。――その時和輝が抱いたであろう気持ちが、痛いほど伝わっていたのだ。

 梗耶は死の境目を彷徨った経験がある。その時に目の当たりにした“ま”が幼い少年を飲み込んでしまうおぞましい光景が今も忘れられないでいるのだ。だからこそ、理解してくれる存在、救ってくれる人を大切に思えるのだ、と。


「まぁ、八雲さんがダメ人間なのも事実だし! 梗耶ちゃんは何一つ悪くないんだけどね!」

「そうですよね。クララさん、ありがとうございました……私、謝ってきます。和輝さんには、八つ当たりしちゃいましたから」


 梗耶は立ち上がり、クララ向かうと丁寧な礼をする。

 優しい微笑みを浮かべたクララは、エールの代わりに投げキッスを返した。


「……あの子のこと、お願いね。梗耶ちゃん――」


 投げキッスをさらりとかわして梗耶は走り去っていく。迷いのないその背中を見つめ、クララは誰にでもなく呟くと――着物に付いた草を払い來葉堂へと帰っていった。



「……っていうか。何で水瀬なんかに身の上話をしてるんだよ」

 話しが終わりかけた頃、和輝はふと我に返ったように呟きため息を落とす。 妙な気恥ずかしさもあったが、何より――自らに課された使命の事を思えば、夢姫に手の内を見せるという事は自らの動きを制限しかねないという事でもあるのだ。

「あっ! でもさ!」

 揺れ動く和輝の心など夢姫には知る由もない。無邪気に髪の毛を弾ませながら衛星のように和輝の周りを回ったかと思えば、目の前に立ちはだかり行く手を塞ぐ。そして、何故かしたり顔で笑みを浮かべていた。

「……何?」

「ふふん、和輝の事が分かった感じで、あたしは嬉しいわよ! うんうん、なんかこう言うの良いよねー! 更にもっと親友になった感じがするわ!」


 それは予想すらしていなかった言葉であった。和輝は自らの生い立ちの話を八雲以外に打ち明けたことがなかった。ひた隠しにしてきた、というよりは“話したところで理解されないだろう”という諦めの感情がそうさせていた。

 目の前で嬉しそうに笑うこの少女はそもそもの次元が違う。

 ――理解する、しないの話ですらない、夢姫は単純に“和輝の話”を楽しんでいるだけなのだ。人によっては失礼だという印象しか残らない態度であろう。

 だが、和輝は――


「……馬鹿だな」

「…………あれ、なんで今あたしバカにされた?」


 行く手を阻む夢姫の横をすり抜け、和輝は足早に歩き始める。和輝の表情がかすかに変化したことに夢姫は気づかない。

 ――ふと、和輝の足が止まる。背中を追いかけて駆け出していた夢姫はその背にぶつかりそうになりながらも、済んでのところで足を止める。前を覗き込むと、そこには梗耶の姿があった。


「あー……風見、その」

「言い過ぎました。和輝さん、ごめんなさい」


 クララと別れたのち、來葉堂へと引き返している道中であった梗耶は和輝の前に立つと深々と頭を下げる。一方で、和輝もまた照れ臭そうに頭を掻くと、“俺の方こそ”と頭を下げた。

 ――打算や、クララがそう差し向けたからではなく、きちんと謝らなければとそう思えたのだった。


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