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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
5. 有所知たる人
21/144

5-2


「――ほら、和輝食べないの? 俺が全部食べちゃうよ?」


 梗耶を追い払ったことで朝の静けさを取り戻した來葉堂店内だが、和輝は相変わらずふてくされていた。

 その隣では、気づかう素振りもなく八雲が涼しい顔でみそ汁をすすっている。


「和輝は俺の為に怒ったんだもんね。間違ってないよ」

「……そう、ですよね。うん、師匠がそう言うなら」


 追い出しては見たものの、その内心でわずかな罪悪感をくすぶらせていた。きっと梗耶が自分の身を案じてやってきてくれたのだと心の中では理解できていた。

 ……だが、自らに課された使命――“夢姫を葬る”ためにはむしろこの状況は都合がいいというのも事実。

 梗耶は夢姫にとっても一番の親友であるはず、つまり遅かれ早かれ彼女を裏切る形にはなるのだから。


 八雲の言葉を肯定的に受け取った和輝は自分自身を納得させるかのように頷くと、朝食の置いてあるテーブルにつき手を合わせ箸を取る。


 ――が、和輝の視界から膳が消えた。リフトに乗せられた貨物のように真上へと持ち上げられてしまったようだ。宙高く舞いがった膳を目で追い見上げる――そこには膳を持ち上げたまま仁王像のような堂々たる佇まいで見下ろすクララの姿があった。


「良くない。……和輝くん、すぐに梗耶ちゃんに謝りに行ってきなさい。いかなる理由があろうと、女の子のお顔は傷つけちゃダメなのよ。何かあったら責任とれるの? 謝ってくるまで食事抜き」

「何でだよ! 師匠は謝らなくても良いって――」


 和輝から朝食を取り上げると、クララはそのままお椀にラップをかけ始める。今まで黙ってやり取りの一部始終を見守り続けたクララの答えということだ。


 和輝は勢いよく席を立つ。師匠の言葉がすべてである和輝にとって、“八雲が良いといったこと”としてすでに完結しかけていた事柄であったのだ。

 納得がいかない和輝がカウンターテーブルの向こう側に立つクララの傍に駆け寄った時――その額に衝撃が走る。


「ふんっ!」


 クララは中指と親指で輪を作る、キツネの影絵のようなポーズを構えたまま和輝を見下ろしている。――デコピンの構えだ。

 恵まれた体格のクララ。女性用の艶やかな着物の袖から垣間見える茶褐色の筋骨隆々とたたくましい腕から放たれる渾身のデコピンだ。


 さぞや痛かったであろうな――額を両手で抑えたまま声もなくカウンターテーブルの隙間に沈んでいった和輝を横目に眺め、八雲はため息を落としていた。


「……梗耶ちゃんの仇なのだぞ。さあ、謝ってらっしゃい。さもなくば」


 額を押さえたまま立ち上がる和輝の姿をまっすぐに見据えると、クララは片手で手刀を作り着物の袖を(マク)る。そう、次はチョップの構えだ。

 和輝のすぐ目の前に振り落とされた手刀からは風を切る音が聞こえてくる。直撃すれば相当な痛みを伴うであろう。


「わ、分かったよ……謝ってくる」


 ――いかなる手練れであってもこのクララという男(女)に正面から挑み勝てるものはそういないだろう……。さすがの和輝も命の危険を感じたようだ。両手をあげ“降伏”を表明すると、そのまま後退(アトズサ)りをしながら來葉堂を飛び出していったのだった。



「――八雲さん。あなたねえ……どうしてせっかくあの子に友達が出来たっていうのに、邪魔をしちゃうの?」

「……」

「もう……私も梗耶ちゃん、探してくるのだ」



 ―――



 ――店を飛び出した和輝は、町を彷徨(サマヨ)っていた。


 和輝は梗耶の連絡先を知らない。当然ながら自宅がどこにあるのかも分からない。もし彼女がそのまま自宅に帰っていたとしたら、和輝はもうお手上げ状態となるということ。その事実が和輝の足取りを重くしていたのだ。


 その上、それほど親交が深い間柄でもないがゆえに梗耶が立ち寄りそうな場所すら思い当たらない。

 平日まで待てば学校で顔を合わせることも出来るはず。だが、それまで待つことをクララが許すとも思えない……ふと、和輝はこの状況を手っ取り早く解消できそうな良い考えが浮かんだらしい。


 ――そう、自分一人で考え込まずとも、梗耶の連絡先や立ち寄りそうな場所や自宅を知っているであろう“関係者”の協力を仰げばいいのだと。

 梗耶の事はよくわからない和輝だが、“関係者”を呼び出す方法には心当たりがあった。

 和輝は足を止め、息を吸い込む。


「――あ! こんな所に超絶イケメンが!」


 自身が出せる限りの大声で声を上げると周りを見渡す。――すると、何処からともなく走り来る足音が和輝の耳に届いたのだった。


「えっイケメン!? きゃーんどこどこ?」

「……呼んどいて何だけどさ、単純すぎない?」


 ――そう、和輝は梗耶の親友である夢姫を召喚したのだ。

 “イケメン”といえば飛んでくるのではないかと雑に考えていた和輝は、まさか本当にこんな古典的な方法で呼び出せるとは思っておらず頭を抱えてしまう。まるで犬のようだ、と和輝が呆れた目で見ている一方で夢姫は、髪の乱れを整えつつ辺りを見回し“イケメン”を探していた。


「……イケメンがそこいらに転がってる訳ないだろ馬鹿。なあ風見の連絡先知らない?」

「にゃっ……騙したわね?!」

「騙される方が悪い。とにかく風見の連絡先」

「騙すほうが悪いわよ! こんなピュアリー美少女になんて……って、何で?」


 和輝の動きが止まる。夢姫に事情を知られると言うことは、この暴走スピーカー女が首を突っ込んでくるという悪い未来が簡単に予見できてしまったからだ。


「きょーやの連絡先? なんで? なんで気になる? ねえなんで?」

「う……」



 ―――



 一方の梗耶。こちらもまた文句を呟きながら当ても無く歩き回っていた。


「騙される方が悪いんだ。あの人は絶対騙す。私は悪くない……なのに」


 気付けば家とは反対の方へ来ていた梗耶。ガードレールが守る道路のわきには河原が広がっている。

 コンクリートで打ち付けられた階段を降り、河原に座り込むと、ため息をつき水面を覗き込んだ。映りこむ梗耶のおでこは赤いままである……水面に手を浸してかき乱すと、息をついた。


 乱れた水面は水の流れに身を任せ次第に元の姿を取り戻していく。映り込んだ自分の姿をぼんやりと見つめていた梗耶は、いつからか真上に誰かがいることに気付いた。

 不自然に白すぎる顔とその口元にはハートマークの紅、そして明媚な装束が似合わない恵まれすぎている肩幅――


 ――梗耶は後に語る。


 “これ以上の恐怖は他にない”と――


 気分はホラー映画の一幕、最期を迎えてしまったヒロインのようだ。……声がかれるまで叫び、目の前の水面に身を投げ出しそうになってしまっていた梗耶の両肩を支えると、優しく微笑む白おば……もといクララは愛らしいウインクを投げたのだった。


「さっきはごめんなさいね……あのね、和輝くんの事だけど」



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