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「――おいこら水瀬っ!!」
少女は夢を見ていた。――それは小さい頃の鮮烈な記憶。
「あーい?」
「あい? じゃないっ! 起きなさいっ」
「あれ……?」
少女が眠い目をこすり頭を上げる。そこは教室、見慣れたいつもの景色が広がっていた。
机に突っ伏して寝ていた少女。どうやら相当深い眠りに落ちていたようで頭がぼんやりと重いまま。
見た目が気になるお年頃なのか、少女は教師の小言を無視したまま“頬にあとが残っていないか”などと両手で触り確かめている。
周囲からはクラスメートたちのクスクスと笑う声がもれ聞こえていた。
「耳元で怒鳴らないと起きないほど熟睡をするか……? 授業終わるまでスヤスヤ眠りやがって」
「え、先生ってば! あたしが寝てる間に何したのよっ」
「何もしてない。起こすことも諦めた」
「つまんない男ねー! そんなだから未だにカノジョ出来ないのよ?」
「それは関係ないだろ! はあ。……とりあえず水瀬は後で職員室な。で、本題だ――」
――少女の名は水瀬 夢姫、高校一年生。
大きく丸い瞳、白い肌、細い手足……黙っていればそれなりにモテそうな整った容姿を持ち合わせてはいるのだが。
校則を守る気がないといわんばかりに改造を施した派手な制服、黒髪ボブヘアをベースに一部分だけ長いツーテールという独特なファッション。
加えて“超絶美少女”を自称する、根拠のない謎の自信に満ち溢れたアクの強い性格が災いしているのだろう。彼女に近寄るものはほとんどいない。
教師たちが揃って頭を抱える問題児なのだ。
窓側に位置する彼女の席には春のうららかな日差しが差し込み、心地よい風が首の後ろを通りぬけていく。
良く言えば居心地の良い席、悪く言えば眠気を誘う“サボり放題な席”であった。
夢姫にとって、平凡な授業など睡魔の誘惑を押しのけるほどの価値を持たないつまらないもの。
この日も当然のように欲求の赴くまま、夢の世界へと旅立っていたのだった。
この不真面目極まりない問題児を叱咤し、教壇で熱く語っている先生。
夢姫を必ず注意してくるのが、続木 一郎だ。
歳は二十代半ば、校内でも若い方の教師といえよう。
特筆するほどの美しい顔ではないが、清潔感のある身なりをしたいわゆる“草食系男子”たる彼は女生徒達からはナメられ……もとい、人気のある教師だ。
「えー、最近この辺りで夜に不審者が徘徊しているらしい。……おい水瀬、聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる。先生そんなにあたしが気になる? 心配?」
「んなわけあるかい!!」
からかわれると顔を真っ赤にして怒りを露わにする続木先生を横目に、夢姫は窓の外を眺める。
夢姫のいる一年の教室は校舎の三階にあり、大きな窓から見下ろすと真下には小さな中庭がある。
昼食をとる生徒用にベンチが数基。
その後ろには園芸部が季節の花々を育てている花壇があり、春である今は可憐で温かな色の小さい花が中庭を彩っていた。
「あの日みたいな“面白いこと”もう起きないのかなぁ……つまらない」
綺麗な景色から目を背けるように夢姫は青空を見上げ、ため息を捨てた。
【登場人物】
水瀬 夢姫
本作の主人公。黒髪ボブヘアに部分的に長いツーテール。クラスきっての問題児。自称超絶美少女。
続木 一郎
夢姫のクラスの教師。フツメン。最近の悩みは夢姫が手に負えなさすぎて、彼女作る前に禿げるんじゃ無いかってところ。