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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
4. 其の子、未だ生きて
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4-1

「あー疲れた!!」


 ――翌日。授業と恒例の居残りを終えた夢姫は、梗耶と共に帰宅していた。


「疲れたって……一日寝てたらしいじゃないですか。続木先生がぼやいてましたよ? ……起こしても起きないくらい熟睡してたんでしょ」


 気だるそうに大きなあくびをしている夢姫の数歩後ろを歩きながら梗耶はため息を落とす。

 居残りの授業を終える頃、いつも担任の続木は魂の抜けたような疲れ切った顔をして教室を出ていく。

 夢姫の言う“疲れ”とは比べ物にならないほど憔悴した表情でつぶやかれる続木の言葉を思い出すと、梗耶はいたたまれない気持ちになるのだった。


「あ、そんなことより。ねぇきょーや、和輝なんで先帰っちゃったの?」


 “親の心子知らず”、もとい担任の心生徒知らずとでも表現するべきか。夢姫はくるりと振り返ると梗耶に問いかける。

 ――そう。ここのところは律儀に夢姫を待っていた和輝だが、この日に限っては先に帰ってしまっていたようだ。


「和輝さんなら先に帰られましたよ? 何でも、()()()()()の頼まれ物を買いに行くとかなんとか」

「ふーん……師匠って、確か」

「昨日会った、春宮さん……ですね」


 梗耶が苦々しい表情を浮かべその名を口にする。

 それは昨日の邂逅(カイコウ)を思い返しての事なのだろう。


 ――春宮(ハルミヤ) 八雲(ヤクモ)という青年。

 年は二十代半ばといったところか。美しく、そして浮世離れした風貌の青年。だが、どこか底の知れない恐怖を感じる相手。……梗耶にとって、彼は苦手な存在であるようだ。


「……春宮さんって、何の師匠なんでしょうか」


 昨日、聞くに聞けなかった事を思い出した梗耶がポツリと呟く。

 和輝にとって八雲は“師匠”――尊敬し従っている様子は昨日のわずかなやり取りからも伺いしれたこと。

 最初は和輝の道具、そして“ま”を祓うという力に関しての“師匠”なのだと梗耶は思った。

 ……だが八雲から聞いた話を鑑みると、和輝の力との相互関係はあまり感じられなかったのである。

 何故なら和輝の力の根源は、“道具が勝手に選んだだけ”というものなのだからだ。


 ――とすれば、他にもまだ何かをあの青年は隠しているのではないか?

 梗耶が思案にふけるその隣で――夢姫は横顔を見つめしばし考えると、何か思い付いた様子で手を叩いたのだった。


「あ分かった! 八雲さんは何か伝説の武術の使い手で、密かに受け継ぐ一人の謎多き少年が……ああきっと頼まれ物ってのも、一族門外不出の凄――」

「もう! 私は真面目に考えてたのに!」


 妄想暴走状態になりかけた夢姫を遮るように梗耶は声を上げる。夢姫の想像はいつも小説か漫画のような、どこかから拾ってよせ集めたような夢物語ばかりなのだ。

 呆れたように歩く速度を上げる梗耶の背中に“あたしも真面目に考えてたよ”などと投げかけてみても返事は返ってこない。

 早歩きで前を行く梗耶の背中を慌てて追いかけながら、夢姫は懸命に弁解するばかりだった。


「――ホントだったら面白いのにな~。楽しいこと、もっと起きてほしいよ」


 まるで夢姫の言葉に応えるかのように、腕輪の錆びついた鈴が綺麗な音を奏でた気がして立ち止まる。

 ……が、鈴の音色が聞こえなかったのだろうか。気にも留めていない梗耶がさっさと前を歩き去っていく状況に気が付いた夢姫は慌てて走り出したのだった。



「――きょーやってば、待って、よ!?」


 梗耶の足が止まる。どうやら交差点の道路を挟んだ向かい側に何かを見つけたようである。

 その視線の先には踏切がある。そこは一度遮断機が下りると最後、ひっきりなしに通り過ぎていく電車が行く手を阻む――いわゆる“開かずの踏切”として有名な場所だった。

 ご多分にもれず今も踏切は閉ざされており、警報音のリズムに合わせて赤のランプが点滅している。


 ――黄色と黒のバーの前に、ランドセルを背負った小さな男の子が立っている。

 男の子は急いでいるのか……バーに遮られたその奥、線路のあたりをきょろきょろと見渡すと意を決したようにくぐりぬける。――電車が差し迫った線路内へと立ち入ろうとしているようだ。


 男の子が危険な行動に出ようとしていることに梗耶はいち早く気付いた。

 駆け出した梗耶は線路内に侵入しかけた男の子の手を掴み――踏切の外まで引き戻したのだった。



 ―――



「こら! 君、危ないでしょう? 死んじゃうところだったんですよ?」


 ――男の子の両肩を掴み梗耶が説教するその後ろで、警報音をかき消すほどの轟音(ゴウオン)と共に電車が走り抜けていく。間一髪、最悪の展開は免れたようだ。


 遅れて到着した夢姫はまじまじとその少年の姿を眺める。

 少年は見ず知らずの大人に怒られたからと言って委縮した様子はない。むしろ“何を怒られたのかが理解できていない”といった様子で梗耶の顔をしばしの間不思議そうに見つめていた。

 夢姫の半分ほどの背丈しかない小さな体にはランドセルが背負われている。小学校低学年位だろうか。

 子供らしいあどけない顔立ちをしているが、その瞳にはどこか強さを秘めたような――不思議な雰囲気をまとっている少年であった。


「なるほど。あのでんしゃにはねられて、しぬところだったんですね、ぼく。……ごめんどうをおかけしました、ありがとうございました」


 電車は走り去り、あとを追うようにに生ぬるい風が小さな体を揺らしていく。

 どうやら少年は梗耶が言わんとしたことを少し遅れて理解したようで、謝罪と共に深々と頭を下げる。

 見た目通りに幼く、つたなく舌足らずな声もは年相応のあどけない印象が残る。

 ……だが、その喋り方は相反するように饒舌で、まるで年を重ねた大人のようにも思えた。


 どことなくアンバランスで不思議な少年に戸惑いを感じたのだろう、梗耶は言葉を詰まらせ言いよどむ。

 その一方で、いつものように“悪癖”を発揮していた夢姫は、“あと十年したら良い男になるわね”と太鼓判を押していたのだった。


「ねえ、キミなんで線路に入ったの?」


 視線を合わせるように夢姫が少年の前にかがみ込み尋ねる。

 すると男の子は何か思い出したように声を上げ、辺りを見渡した。


「そうだ、マリンが!」


 “マリン”という名前の誰かを探していた男の子は、やがて対象を見つけたようで警報音を鳴らし続ける遮断機の向こう側をまっすぐに見据える。

 男の子の視線を辿り夢姫たちも顔を上げると――そこには、一匹の灰色の猫があった。


 夢姫は警報音にも負けない甲高い声をあげる。

 ――見覚えがあったのだ。そのまるまると太った体、乗せられた大きなリボン――そう、和輝と初めて会った日の夜に偶然出会った、人間のように言葉を喋る不思議な猫であったのだ。


「きょーや! あたし、あのデブ猫捕まえてくる!!」

「は? え、ちょ……! 夢姫!?」


 信号を無視するような勝手気ままな夢姫が、律儀に踏切を待つはずがない。

 夢姫の頭の中は“不思議な猫”の事でいっぱいになっていた。居ても立っても居られない様子で行く手を阻むバーを軽々飛び越える。気持ちばかりの安全確認を済ませると、夢姫は電車が迫り来る線路を走り抜けていった。


「……本当に馬鹿。遮断機が下りてる間は渡っちゃいけません、って習ったでしょう。……君、あんな馬鹿な大人になんてなっちゃダメですからね」


 止める間もなかった、というよりは“止めたところで制御できる相手でもない”という諦めにも似た気持ちで送り出していた梗耶。その呟きは、視界を遮るようにして駆け抜けていく電車の轟音にかき消されてしまい男の子の耳には届いていなかった。


「――あれが、みなせ ゆうきさん……」



【登場猫物】

マリン

灰色な毛並みのしっぽの短いデブ猫。丸々とした身体の割に動きはクイック。

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