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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
3.人里の近く成にける事に
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3-3

 

「おでこの可愛いお嬢ちゃんはツンデレさんかな?」

「ツンデレじゃありません!」

「冗談なのに。おでこちゃんは真面目だねぇ」

「おで……!?」


 梗耶が不服過ぎるあだ名に怒りを押さえ身を震わせている間も……どこ吹く風な様子の八雲は、夢姫の髪を撫でていた。


 もはや分かりきった事だが、夢姫はイケメンに弱い。ただイケメンが好みなだけであれば、年頃の娘によくある趣味嗜好のようなもの……可愛いものだと見守ることも出来るだろう。

 だが、夢姫の場合はあからさまに態度が違う。夢姫自身には悪意などみじんもないだろう……だが、その無意識に変えている猫なで声や恥じらう所作が妙に腹立たしいというのが率直な感想であったのだ。

 梗耶同様に、どうやら和輝も苛立ちをつのらせていたらしい。


「コイツは水瀬夢姫です! で、あっちが風見梗耶! はい自己紹介終わり! 離れろ!!」


 和輝は雑に紹介すると、夢姫と八雲の間へ割って入る。もちろん夢姫もそのまま終わりになどできるはずもない。視界を遮る格好となっている和輝の背中を叩き反抗していた。


「ちょっと! 良い空気だったのに、何で邪魔……はっ! 和輝ってば……それはヤキモチね? 照れるぅ」

「師匠、こいつ尻軽馬鹿女なんです! (タブラ)かされないで下さい!」

「ってそっち!? そっちにヤキモチなの?」


 和輝も含め、ついには三人による漫才のような状態になってしまった。

 “止めなくていいのだ?”と傍らのクララが梗耶に問いかける。イライラしすぎたこと、単独ツッコミによる疲労が梗耶のスタミナを削ってしまっていたらしい。“もういい”と首を横に振ると、梗耶は近くのいすに腰掛けていた。


「ふむ。つまり和輝の目当ては夢姫ちゃんの方か。じゃあ遠慮なくおでこちゃんの方を」

「って師匠! そんなんじゃなくて!」


 あ、和輝さんの顔が真っ赤だ。完全にあの八雲って人に遊ばれているな~。

 梗耶は既に低燃費・傍観モードである。客観的にそのやり取りを実況し始めていた。


「ああ、つまり狙いはおでこちゃんの方? じゃあ俺が夢姫ちゃん狙いで行っちゃおうかな!」

「あたしったら取り合われちゃう系? やーんあたしの為に争わないで!」

「そうだね争いは良くない。では、ここはどっちが好みか夢姫ちゃんに選んでもらうしかないね!」


 一方夢姫のテンションは最高潮に達した様子。ウサギのようにぴょんぴょんと跳ね、頬に手を当て恥じらう。

 同時に和輝の苛立ちも最高潮に達した様である。頭を抱えていたかと思えば、何か呟いた……が、声が小さくてよく聞こえない。


「この馬鹿女! 師匠は絶対に渡さないからな!」


 覗き込み表情を伺おうとした夢姫の頭にチョップを決めると――和輝は一目散に外に飛び出して行ったのだった。



 ―――



 ――一部始終を見守り、小さくなっていく和輝後ろ姿を眺めていた八雲はふっと笑い、カウンター席の椅子に座る。


「んもう、八雲さんたら! あんまり和輝くんをいじめないであげて」

「はいはい」


 しばらく姿が見えなかったクララはお茶の準備をしていたらしい。

 無駄に可愛い湯のみ茶碗をそれぞれ八雲と梗耶、そして夢姫の前に添えると流し目ウインクをして見せる……が。それはまるで毒矢のように見えていた三人はもちろん避けていた。


「……さて、お茶でも飲みながら楽しいお話でもしようか? おでこちゃんは、俺に訊きたい事があるんでしょ?」


 八雲が静かにお茶を一口すすると、そう息をつく。

 もしやこれを見越して、わざと和輝を追い出したのだろうか。ありがたいと思う反面……梗耶はこの青年がそこまで聡明な人物だとは思いたくないというのが正直な心情であった。


「……ご察しの通り、です。悔しいですが」


 八雲の座る席の真正面に梗耶が座る。

 一方で、夢姫はと言うと……“真面目な話ならば退屈である”と思ったようで店内の骨董品を眺め始めた。


「私は……ある日を境に、()()()みたいなのが見えるようになったんです。貴方は和輝さんの師匠なんですよね? だったら、何かご存知じゃないですか?」


 八雲は梗耶をじっと見つめる。それは“あの日”みた炎のように赤い瞳。

 吸い込まれそうな……その身を焼きつくしそうな。根拠が見つからない、漠然とした恐怖が梗耶を取り巻き、思わず目をそらした。


「別に“ま”に堕ちた風では無いようだけど?」

「それ、和輝さんにも言われました。あの……そもそも“ま”とは何なのですか? 教えて下さい」


 八雲はお茶を飲みながらまず梗耶を見つめる。まるで品定めでもするかのようなどこか冷ややかにさえ思える視線だ。青年は湯飲みをテーブルに置くと、次に落ち着きのない子供のように店内をうろうろしている夢姫を眺め……やがて息を吐いた。


「……ちゅー」

「は……はい?」

「教えてあげる代わりに、“ちゅー(キス)”を請求してるの。JK(女子高生)のキスとか中々買えるものじゃないしね。……君か夢姫ちゃん、どっちかしてくれたら教えてあげる」


 八雲は夢姫を手招き呼びよせる。呼ばれるままに戻ってきた夢姫だったが……どうやら八雲の言葉は聞いていなかったようだ。状況が飲み込めず、不思議そうに二人を眺めていた。


「…………もういいです。貴方に尋ねた私が馬鹿でした。もう何も訊きませんし二度と来ません。さようなら」


 ――たとえそれが場を和ませる冗談であったとしても、梗耶は許さなかっただろう。先ほどからこの青年がまともに取り合ってくれていないとうすうす感づいていたのだ。

 まるで興味のない世間話に表面だけ合わせて相槌を打っているような、不誠実な八雲の態度にとうとう梗耶は我慢できなくなった様子で立ち上がるとそのまま扉に手をかけた。


「ほんと、真面目だねえ。いいよ、じゃあ“出世払い”にしてあげる。……人間には他の動物には与えられなかった力がある。はい、夢姫ちゃん、何だと思う?」


 扉が軋む音と共に外の空気を取り込みかけたその時、梗耶の背中に涼しげな声が投げられる。


「え? 急に聞かれてもー……えと、頭が良い所? とか?」

「ちょっと惜しい。人はね、“考える力”を与えられたんだ」


 不意に投げられた言葉に、夢姫がそう答える。

 扉に手をかけていた梗耶がその手を離し振り返ると、雪のように白い手で手招く八雲の姿があった。


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