27-5
同じ頃。家路についた佐助は、薄明かりの灯る境内に摩耶の姿を探す。
社の中、池のほとり、手水鉢の櫓……日頃、摩耶が身を休めている場所を歩きまわるが、その姿はどこにもない。
「あれ? 佐助くん一人かい? ははーん、クリぼっちってやつだね」
「黙れボンクラ」
気持ちが急いている時に限って空気の読めない言葉をかけてくる朗らかな父。
苛立ちを包み隠さないまま、あからさまな拒絶を指し示すと、佐助の父は慌てて謝ったのだった。
「そそ、そんな怖い顔しなさんな? ああそうだ佐助くん! ご飯まだだろう? お母さんが用意してるから食べといで」
「……後で食べる。僕にはまだやる事がある」
「ええ!? て、手伝ってくれないのか……」
佐助が横をすり抜け歩き出そうとすると、父は分かりやすく肩を落とす。
その手に握られていたものはまだ真新しい正月飾り……そう、ご多分にもれず、この久世神社でも初詣に向けての準備が急ぎ行われていたのだ。
「……分かっている。終わったら手伝う」
「そ、そう? ……まあ、それなら良いか。さあて、今日からしばらく忙しいぞ~」
父親が駆けていった先に臨在する社務所からは、手伝いに来ている氏子たちの賑やかな声が聞こえる。
あまり賑やかな状況が好きではない佐助にとってはあまり気乗りしない行事ではあったが、家業のようなものとして、慣れてしまっている部分もあった。
「――私を探しておったのだろう、どうした? 佐助」
ふと、鈴の音色のように澄み渡った声が俄に静寂を切り裂く。
真冬の夜にあってもいつもと変わらない、精麗なその姿を前に佐助が慌てて跪くと、摩耶は“氏子達に見られるぞ”と直ちに立ち上がらせたのだった。
「お心遣い感謝します。……用件ですが、所在不明となっておりました“人界”の行方を突き止めました。軽薄……じゃなくって、名前は」
「“逢坂 刹那”か。……またずいぶんと厄介な者に渡ったようだな」
「……流石に、ご存知でしたか」
摩耶は微かに頷くと息を吐き、その紅の瞳で佐助の顔をまっすぐ見つめる。
人形のように綺麗な瞳を直視することが憚られ、佐助は思わず視線を逸らした。
「……佐助、お主に新たな命を託す。お願いできるか?」
「へ? は、はい! 何なりと!」
「“灯之崎和輝の監視”はもう良い。代わりに“畜生”の娘を探し、見つけてもらいたい」
「……ええ?」
“畜生”――それは四悪道の一つ、獣のような、欲望のままにある心。
そこまでは佐助でも理解に追いつくのだが……
「灯之崎は、もう良いのですか?」
特別な任務を断行したわけでもない曖昧な心持ちであった佐助は“畜生”のありかより、そちらの方が気にかかっていた。
佐助のもっともな疑問を受け取ると、摩耶は微笑みを湛え、瞳を伏せる。
「あの少年は、大丈夫だ……もう、迷わないであろうからな。……来年は忙しくなるぞ、佐助」
そして、戸惑いを残したままの佐助の背中に温かな手で触れると、摩耶は闇の中へ溶け入ってしまったのだった。
―――
夜も更け、クララは帰宅の途につき、“宙”の体を寝かしつけたソラは“マリン”の姿を借り散歩に出かける。
それはようやく取り戻せた、和輝にとっての日常。
だが、まだ伝えるべき事が残っていた。
八雲の居室をノックすると声が帰ってきた。まだ寝ていなかった、と安堵した一方で、和輝はドアを打つ自身の手が震えていた事に気付き息をついた。
「――どうしたの、和輝」
カウンター席に腰かけた八雲は、和輝の真剣な面持ちに気付くと涼やかに視線を返す。
和輝はうまい言葉を探したが、見つける事が出来ないまま……紅の瞳をまっすぐに見つめると心の中にずっと置き去りにしていた言葉を震える声で紡いだ。
「師匠……すみません。俺には、水瀬夢姫を殺す事は出来ません。もちろん、師匠の言葉に嘘偽りないと今でも信じてます、でも……水瀬は、いつの間にか、俺にとって大切な友達になっていました。だから……!」
八雲は、和輝のまっすぐな目を直視し続けられず、誤魔化すように背を向けると、茶化すように一笑した。
「へえ……? 初めて歯向かったね」
「あ、いえ、そう言うつもりじゃ!」
背中越しに和輝の慌てる様な声を受け、八雲は自身に渦巻く様々な感情を吐き出すようにため息をつく。
「……いいよ、好きなだけ抗えば良い。……その代わりあいつが復活した時には、俺がこの手で水瀬夢姫を葬る。刺し違えてもね」
「し、師匠……? あの、どうして師匠はどうしてそこまで」
和輝からの問いかけに、八雲は答えようとはしなかった。
首を横に振ると、八雲はいつもと変わらない涼しげな表情で和輝に歩み寄り、その頭を撫でた。
「ねえ、和輝。君の選んだ道はきっと過酷で残酷な道。……逃げても構わないからね」
「……過酷でも俺はもう逃げません。大切なものは全部守るって決めましたから」
少年の瞳には揺るがない心――
それは触れる事の出来ない炎のような強さを宿したものとなったのだった。
*お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
こちら「二年編」という名目にて物語は続いております。
もしよろしければ引き続きお楽しみいただけますと幸いです。




