27-2
「――ゆゆ、ゆめちゃん!!? どおおしたの~~?! 傘使わなかったの? いやあゆめちゃんが! 風邪引いちゃう死んじゃううう」
その頃の夢姫は家に帰りつくなり、出迎えた母の悲鳴のシャワーを真正面に受け、耳を塞ぐ。
「そ、そんな簡単に死なないから。んー……傘はさしてたけどね、案外横殴りでさー……」
流石に喧嘩を見に行ったとは言えず、夢姫はすぐさま言い訳を見つけそう答える。
母の猜疑の視線をかわし、濡れたハイソックスを脱ぐと廊下の突き当たりにある浴室へ向かった。
「あー寒ーい……お母さん、シャワー使うよ」
「う、うん……だけど、ゆめちゃん具合悪いんじゃない? 何か変よ?」
「……んーん。何でもない」
夢姫は背中越しに心配げな声を投げる母に応え、脱衣所の扉を閉めると……白肌に張り付く湿った衣服をファンシーなデザインの洗濯かごに放り込んだ。
「何だろう? この感じ……」
一糸まとわぬ姿で、その場にうずくまると冷えきった自身の体を抱き締める。外れない腕輪だけが夢姫を守っているようだった。
―――
「――また今度、ゆっくり時間がある時にでも遊びに来いよ。その時は案内とかするから」
「おう! 次は湊とデートだろうから……それまでにお前さんも彼女くらい準備しとけよ! ダブルデートにしないとお前さんが可哀相だからな!」
「もうとーや! 女の子はそんな簡単じゃないんだからね! ……和輝、色々ごめんね……私、良い子になるから」
「はいはい、頑張って。……ほら遅くならない内にさっさと行け」
雨はすっかりあがり、温かいイルミネーションが彩る駅前の広場で幼馴染三人はそれまでとはまた違う会話と重ねた。
改札前まで送り届け、電光掲示板に流れる出発時間を確かめると燈也が改札をくぐり、湊もそれを追う。
「……あ!」
ふと、急に湊が足を止めると踵を返し和輝の腕に飛びつく。
改札に遮られ成す術もない燈也の悲鳴がホームに響く中、湊は悪戯な笑みを浮かべた。
「フタマタなんて感心しないのだぞ」
「それお兄様の真似? 洒落にならないからやめときな?」
「……で、なんだよ」
「うん……あのね、私も……もう自分の気持ちや嫌な事から逃げたりしないから……和輝も、ちゃんと向き合ってあげてね」
和輝の腕を解放すると、湊はスマホを取り出し得意げに画面を開いて見せる。そこに光る名前は良く見知った少女のもので、和輝はため息を落とした。
「わ、分かってるよ……余計なお世話だ」
「余計とは何よ! そう言うとこで変にはぐらかすと、あんたいつかどっちかから刺されるからね?」
「はぐらかしてない! ……って、“どっち”って?」
「ええ!? まさか気付いてないの? だから彼女出来ないのね。全く――」
首を傾げる和輝に湊が詰め寄り、言葉を紡ぎかけた時――電車の到着を知らせるメロディがそれをかき消す。
「やばば!! ちょちょ、湊ぉ! これだよ乗るの! 乗り過ごしたら鈍行で四時間かかるんだよ!?」
改札の向こうで、繋がれた犬のように飛び跳ねる燈也を横目に、湊は言いかけていた言葉を呑み込むと慌てて和輝の傍を離れた。
「――次に会うときまでの宿題ね! またね! 和輝」
「え、あ、ああ……またな」
こうして、嵐のような恋人たちは轟音と共に帰って行ったのだった。
―――
同じ頃、來葉堂では同郷三人の邪魔にならないようにと、梗耶がクララと共に留守を預かっていた。
この数日、心落ち着かせる暇もないほどに色々な事があった。嵐が過ぎ去った後の安らぎのように、空からは微かな光も差し込む。
「梗耶ちゃん、色々迷惑かけてごめんなさいね。……君が和輝と友達になってくれて、本当に良かったわ……ありがとう」
クララがそう笑いかけると、梗耶は首を横に振る。“友達になってあげた”なんて上からの感覚は一切なく、気がついたらここにいたからだ。
「……最初は面倒事に巻き込まれた、って思いましたよ。でも、何でだろう……私、この感じ初めてじゃない気がするんですよね……前にも、どこかで」
「あああん分かるわ~友情から友愛、そして愛へ変わっていったのね……もー素敵!」
「いやちょっと!?」
クララもまた、迷いをふっ切ったのかもしれない。
以前より遥かにキモ……凛とした言葉で瞳を輝かせると、身をくねらせ悦に入る。直視に耐えかねる面妖な姿であるが、怯まず梗耶が声を上げ立ち上がると、クララは淑やかに笑い、その頭を撫でた。
「君や、夢姫ちゃんがいてくれなかったら……きっと和輝も……私も。前に進めなかった。ずっと壁を作って、見せかけの世界で生きていたわ」
「クララさん……」
梗耶が知る由もない昔の事を思い出していたのだろう。クララは記憶を辿るように口を噤む……が、徐々にその瞳には涙が浮かび始め、やがて大粒の涙となり、白いメイクを溶かしながら逞しい胸元へ落ち始めた。
「クララさん、メイク溶けてます」
「あらヤダ!? あう、あのね和輝が小さい頃の事とか思い出してたらね!?」
「いやその話良いから! 溶けてる! 顔! 気持ち悪い!」
真冬に、しかもクリスマスにリアルホラーは見たくない。
梗耶がその一心で懸命に言葉を紡ごうとするクララを厨房に押し込むと、店内には再び静寂が訪れたのだった。




