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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
26.思ひ侘て、此なむ参たる
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26-5


 同じ頃。

 この日珍しく大人しかった夢姫はと言うと、母親と買い物に行った帰りであった。

 彼女にとってクララの事、湊の事と色々興味を惹くイベントが目白押しな状況下……のんびりと母と買い物していられる心境ではなかったのだが。

 昨日心配を掛けた事もあり、拒否する事が(ハバカ)られていたのだ。

 母、恵が運転する可愛らしい軽自動車の後部座席で、大量の食料品に埋もれかけた夢姫は退屈さを紛らわすように車窓のめまぐるしい光景にため息を落とした。


「ねーお母さん、いくらお正月用って言っても買いすぎじゃなーい?」


 恵はおせじにも運転がうまい方とは言えない。周りを気にし過ぎるあまり徐行運転状態となり渋滞を引き起こしたり、車線変更、右折、駐車……どれをとっても慎重になりすぎてタイミングを逃すのだ。

 煽られてばかりの本人もその事実を自覚しているのだろう、車通りの少ない道を選びながら安全運転を心掛ける一方で、ミラー越しの娘・夢姫の言葉に相槌を返していた。


「だってー……お母さん元日からお仕事入っちゃったでしょ? ゆめちゃんが一人だと心配だもの~。お昼には帰るから、それまで家に籠っててもらわないと!」

「えー!? やだやだ籠んないよ! 三十一日はカウントダウンに行って、花火見るんだもん!」

「え? その日はきょーやちゃん御家族で過ごすんじゃないの? 誰と」

「和輝を拉致るの!」

「拉致は犯罪だよゆめちゃん!?」


 恵の運転する車は幹線道路を避け、工場地帯を抜ける裏道を走る。

 人通りもまばらな灰色の景色に退屈した様子で夢姫が空を見上げると、この日もどんよりと分厚い雲が雨の予感を知らせる。


「雪にならないかなー……ホワイトクリスマスの方がずっと良いよう」


 ため息をつくと窓ガラスは白く曇り、いよいよ景色すら覆い隠してしまう。

 退屈しのぎに指先で落書きをし始めた夢姫は、微かに見える外の景色に良く知った後ろ姿を見た気がして、大声を上げた。


「ひゃーっ!? お母さん遂に人をはね……てない? な、なに、大声出してどしたの、ゆめちゃん?」

「お母さん! ちょっと止めて! 降りる!」

「え? ええ?!」


 夢姫の剣幕に驚いた恵は咄嗟にブレーキを掛け、辺りを見渡す。

 幸い後続車も対向車もおらず、胸を撫で下ろす恵と対照的に、夢姫は反動で前に倒れそうな体からシートベルトを外すと、道路へ降り立った。

 (良い子はまねしないでね)


「ここからなら歩いて帰れるから、お母さん先に帰ってて!」

「ゆ、ゆめちゃんどうしたの急に……あっ、待って! せめて傘持って行きなさい! 予報だとこの後降り出すはずだから!」


 夢姫は車窓から傘を受け取ると、戸惑う母を残し走り出す。


「なんか、面白そうな気配がする! クリスマスに派手な喧嘩! 最高じゃない……!」


 胸を焦がすような“なにか”が待っているような気がしたのだ。



―――



「――クリスマスだって言うのに、今日は皆喧嘩ばっかりねえ……」


 そうため息を落としながらクララがお茶を淹れる。

 目の前に据えられたラブリーな湯のみ茶碗に口をつけると、徐々に落ち着きを取り戻してきたのか、湊は哀哭の末にぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。


「私……和輝がね、私の事好いてくれてるのは知ってた。和輝のやつ、分かりやすいんだもん」

「そうかな……余程梗耶ちゃんの方が分かりやすいと思うけど」

「逢坂さん、アツアツのお茶のシャワーでもいかがですか?」

「じょ、冗談だよ……冗談」


 先程よりは落ち着いてきたらしい梗耶が、冗談に聞こえない様相で湯呑を構えると刹那はさりげなく湊の隣へ移動する。

 それに気付いているのだろう、湊は涙をセーターの裾で拭うと、俯いた。


「……和輝が実家を離れたあと、燈也はその分優しくしてくれたけど……燈也の好意も知ってたけど、それに応えたくなくて……いや、応えるのが怖かったのかも」


 それまでただ静かに傍観していた佐助がふいに口を開いたが……少しだけ早く梗耶が微かな声を紡いだ。


「湊さん、あなた、燈也さんの事が好きなんでしょう?」


 梗耶の言葉を耳に受け、湊は少しだけ戸惑った様子を見せたが小さく頷く。

 その瞳には大粒の涙とまっすぐな想いが垣間見えた。


「バレないと思ったんだけどな……あなた、凄いね。そうだよ、多分小さい頃からずっと、私は燈也の事が……だけど、この関係以上になる勇気が持てなかったのかも。だから、和輝に甘えてた」


 言い終わらない内に梗耶は静かに席を立つと湊に歩み寄る。聞く限り、湊の言い分は子供のわがままそのもので、弁護の余地がない。

 それ故に刹那達に緊張が走り、湊自身もまた体を強張らせた。


「ねえ……湊さん。和輝さんは多分、湊さんと燈也さんの事を思って距離を置いたんじゃないかなって思います。大事に思うあなたが、あなたの大切な相手との時間を邪魔しない為に」


 俯いたままの小さな頭を梗耶が撫でると、湊は顔を上げ、しっかりと見つめかえした。


「少しで良いから、その気持ちも汲んであげて下さい。湊さんも“好きだから”とか“好きなのに”って……自分の想いだけをつき通そうとしてないで、和輝さんの……いや、燈也さんの事も、二人の気持ちもちゃんと考えてあげて」

「……ごめんなさい」


 湊が力なく首を垂れる、それまでの強い振舞いは完全に影を潜め、そこにいたのは一人のか弱い少女であった。

 その言葉を受け止めた梗耶は湊の頭から手を降ろすと、事態の収束を見守り続けていたクララに向かい一礼した。


「お店で騒いでしまってすみません」

「あららら……大丈夫、気にしないでだぞ! その……クララは何も言えないんだけど、温かいお茶でも飲んで、まず落ちつきましょ?」


 クララはそう優しく微笑みかけると投げキッスの嵐をお見舞いし、明るい笑顔を見せると厨房に消える。

 その投げキッスをかわしきれずに梗耶が立ちつくす傍ら、刹那が隣で涙を拭う湊の背中を撫で、微笑んだ。


「湊ちゃんも、とりあえず……ここで二人が帰ってくるのを待とうよ、ね?」


 その様子を慮り見ていた佐助はわざとらしいため息を落とし、湊の背に触れる刹那の指先を木刀で小突いた。


「だから痛いって。君はなんなんだい」

「おいロン毛……表へ出ろ」

「ロン毛って君も変わらないじゃないか。って言うか、まださっきの話? 君はしつこいな……」


 佐助は湊の様子を気にしてか、小声で紡ぎそのまま扉の外へ行ってしまい、不審に思いつつ刹那もそれに従ったのだった。



 ―――



「ひとまず休戦と洒落込まないかい? 翼の折れた天使に君の血は見せたくないからね」

「ひとまず日本語を喋れ。……が、休戦だけは同意してやらん事もない」


 佐助は冷たい視線を投げると、刹那に背を向けた。

 不意打ちで斬りかかる気配はなさそうだ、と刹那もまた腕を組み敵意を放棄し次の言葉を待った。


「先程すれ違わなかったか? 鳥みたいな頭の男……まあ、貴様のような軟派な軽薄男であればどうせ女子(オナゴ)の事しか見えておらぬのだろうがな」

「全力で決めつけてくれるね。鳥頭って燈也君の事だよね、見ていないけど? それは僕が人通りの多い道を来たから」

「言い訳はいらぬ。……その男が灯之崎を呼びだしてどこかへ行ったのだ。“ま”の気配を目に余るほど纏っておるのに、本人由来のものではない」

「……」

「まるで“他人に焚きつけられた、意思を持たない人形”のような――例えるなら、その人工的な甘ったるい匂いを全身に纏う、貴様のような状態だ」


 佐助はそう紡ぐと、刹那の肩をその手に握る木刀の切っ先で小突く。受け取った刹那は徐に自身の纏う服を顔に引き寄せ匂いを確かめ、ため息を落とした。

 ……それは夢姫の母、恵がいたら怯え出してしまいそうな匂いだった。


「……だからあの煙草は嫌いなんだ……君は目敏いね」

「まあ、貴様がどこで何をしようと僕には関係ない。ただ、その道具は鳥頭が片付いたらすぐに返してもらうぞ。……あの愚か者を探しに行きたいが――」


 佐助は突きつけていた木刀を背中に戻し、空を見上げる。

 決して日が傾く時間では無い。だが灰色の雲が覆い隠した空は先ほどよりも薄暗く感じ、雨の匂いがしていた。



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