26-3
「――おい妖怪。今の鳥頭は誰だ?」
「んもークララちゃんって呼んでったら! ……って、あの子? 燈也君よ、和輝の幼馴染なの。ヤキモチなの?」
「“モチ”の代わりにそのふざけた顔を焼いて良いか」
「いやん」
開きっぱなしとなっていた扉を閉め掛けていた時、クララは背中に刺さる上からな物言いに振りむき応える。
佐助は先日の騒動の際、一緒にいた訳ではないのだから燈也の存在を知らなくて当然であると、クララが丁寧に説明している傍ら。
最後まで聞く気はないと言わんばかりに佐助は木刀を片手にクララの横をすり抜け歩き出していた。
「あ、あら? どうしたの佐助くん」
「妖怪には関係の無い事だ。……灯之崎め、やはりぼんやりしておるわ。今の男は――」
引き留めようと手を伸ばしたクララに言葉を吐き捨てると、佐助は扉に手を掛ける。
だが、扉を開けた佐助の――その行く手を阻むようにそこに対峙していたのは、刹那であった。
「……君は和輝君のお友達、だったかな? 随分と物騒なものを持ち歩いているね」
「貴様……」
刹那は、刺す様な視線を投げかけてくる佐助に柔らかな笑みを返すと冗談めかした声を紡ぐ。
当然ながら冗談が通じる性格では無い佐助はその“物騒なもの”であろう木刀を綺麗に構えて見せると刹那に切っ先を向けたのだった。
「……何?」
両手を上げ降伏のポーズをして見せる刹那だが、佐助の態度は変わらない。
またいつもの喧嘩が始まったのかと、クララが仲裁に入ろうと二人の元に向かうより先に、佐助は木刀の切っ先を一閃させた。
「いった……無防備な相手に武力を行使するなんて、感心しないな」
「無防備? 笑わせる。ロン毛、貴様にも武器があるであろう? 我が神社から盗んだ“人界”が!」
躊躇なく振り落とされた打撃を、細く見える腕で受け止めていたらしい刹那は佐助の言葉を耳に小さく舌打ちをし、髪を解く。
「盗んだ? それは冤罪だね、僕はある人から預かっただけで元々の所有者なんて知らないよ」
淡い光を放つ絹布を赤く熱を帯びた手に巻き、刹那は迷いのない言葉で佐助に視線を投げ返す。
佐助もまたそれを宣戦布告と受け取ると今一度木刀を構え直した。
「灯之崎の事は後回しだ。まずは貴様を――」
その時だった。
綺麗な形で木刀を振り上げた佐助と、それを握り拳で迎え撃とうとしていた刹那。
両者の間にクララが颯爽と割って入る。
「だから、武器を使った喧嘩は止めなさいったら!! んもー!! クララ激おこ!」
木刀を片手で叩き落とし、同時に刹那の手を掴み上げ二人の動きを制すると、クララは舞い踊るような鮮やかさで両者のおでこにデコピンを決めたのだった。
「……クララさん……どうして、僕まで」
「喧嘩はどちらが悪いとかじゃなく、両成敗なのだぞ! 刹那君は大人しい子だと思ってたのに、喧嘩買っちゃうなんて失望したのだぞ! クララ悲しい! ぷんぷん!」
「ご、ごめんなさい……痛い……」
「この……妖怪シリアスキラー……!!」
「――さあ、お茶だぞ! さっきのは冷めちゃったから、淹れなおしてあげたぞ! それ飲んで落ちついたらお互いに“ごめんなさい”しなさい!」
來葉堂の店内にはクララの上機嫌な声と、相反する気まずい空気が流れる。
それもその筈。佐助と刹那、両者ともに仲直りしたい気持ちは皆無なのだ。
場所を変えた方が良いだろうと思う傍ら、この空間の絶対守護者はそれを許す空気では無い。
それ故に二人は目を合わせる事もなく、出されたお茶で口を濁した。
「……茶を飲んだら表へ出ろ。僕の話は終わっていない。まず貴様を叩きのめす」
「はいはい……君が望むとおりの展開を聖夜の贈り物にしてあげるよ」
「貴様……“回りくどい”と言われた事は無いか」
「君こそ“早とちり”って言われた事ないかい?」
野太い歌声で陽気な歌を口ずさむクララの目を盗み、険悪な二人は競うようにお茶を飲み干す。
その勝負の軍配は佐助に上がったようで、一足先に立ちあがると勝ち誇った笑みを浮かべた。
刹那もまたお茶を飲み干し立ちあがった時……勢いよく扉が開け放たれたのだった。
「和輝!! ……ってあれ?」
大抵の場合、こうも騒がしく飛び込んでくるのは夢姫であるが……この時は違っていた。
ただ事ではない剣幕で血相を変え飛び込んできたのは――湊であった。
「お兄様! 和輝は?! 和輝はどこ!」
湊は刹那達の懐疑の視線を完全に無視すると、まっすぐにクララの元へ詰め寄る。
その剣幕と過去の思い出もあるのか……クララはか弱い悲鳴をあげると佐助の背中にかくれてしまっていた。
「そこの女。灯之崎なら、燈也とか言う鳥頭と連れ立ってどこかへ出かけたぞ」
外見に似つかわしくないクララの挙動に呆れつつも、佐助があった事をありのまま答えると、湊は何かを思案し、やがて考えをまとめ終わらないままに踵を返し今一度扉を勢いよく開け放った。
「きゃ! って、黒崎さん……! あなた、今度は何をしに来たんですか?」
――ちょうどその時、時を同じく來葉堂に駆けつけた梗耶がそこにいたらしい。
すんでのところで顔面激突を免れた梗耶は湊の姿を確認するなり冷たい視線を投げかける。
構っている余裕はないと言わんばかりに湊は“どいて”と追い払う仕草と共に睨み返したが梗耶は怯む事も動く事も無く湊の前に立ちはだかった。




