26-1
翌朝、梗耶は昨夜に送られてきていたメッセージを開くと息をつく。
それはクララ――和輝の兄、蔵之介からの謝罪。
「……ひとまず、解決したのかな」
蔵之介が弟、和輝とどのような話をしたのかなど知る由もない。ただ文面からにじみ出る前向きな文言は兄弟間の温かいやり取りを物語っているようで、目で追う梗耶も笑みをこぼした。
「――あら、にこにこして珍しいわ~……彼氏でも出来ました?」
ふと、梗耶の背中に温かく触れる淑やかな手と、柔らかい声が触れる。
伯母の楓李がスマホの画面を覗き見ようと顔を覗かせる。やましいことなど何もないはずだが、何となく梗耶はとっさに画面を消すと背中に隠していた。
「違います!」
「あら~残念。今日クリスマスですよ? 男の子とお泊りの予定とかないの?」
「ありません! って言うかそれ保護者の台詞じゃないでしょう……」
楓李は持ち前の上品さを損なわないままに悪戯な笑みを漏らすと梗耶の頭を撫でる。
既にいつも通りの三つ編み姿へと整え終わっていた少女の姿をほほえましそうに見守っていた楓李は、ふと何かを思い出した様子で手を叩いた。
「あ、いけない。忘れかけていました……梗耶ちゃん、お友達が尋ねてますよ。玄関で待ってるって」
「それ忘れたらダメなやつ」
“家を訪ねてくる友達”……梗耶にとってその答えは一つしかない。
蔵之介の事は片付いたとはいえども湊の動向・燈也の行方――まだ解決の糸口も見えないのだから“友達”の心弾む状況であることに間違いはないだろうと、諦めに似た心持ちで玄関に出迎えた梗耶だったが……そこに待っていた者は意外すぎる展開であった。
「犬飼さん……?」
「来ちゃった」
「いや来ちゃった、て」
クリスマス感皆無な黒一色のワンピース姿、いつもと変わらない長すぎる前髪を垂らしたままの装いで詠巳が微笑む。
意外な来客に梗耶が驚き言葉を失っていると、詠巳は手招きし玄関の外へと呼び出した。
「――で、なんですか。犬飼さん」
詠巳には彼氏がいる(真偽は定かでないにしろ)のだから、クリスマスのお誘いとは到底考えにくいと梗耶が怪訝な表情を見せると、受け取った詠巳は微かに笑う。
「誤解のないように先に言っておくわね、私クリぼっちじゃないから、この後連絡取れなくなると思うわ。夢姫さんにも伝えておいて」
「当てつけに来たんですか?」
「あら、気に障ったかしら……? そうじゃないわ、アドバイスをしに来たのよ、今後の」
「今後……?」
相変わらず真意が読めない、と梗耶が不審さを隠しきれずに見つめる中、詠巳はその視線をかわし向き直る。掴みどころのない振舞いの中にまっすぐ、素直な感情を向けられている気がして梗耶は口を閉ざした。
「――大切な物を見失わないで頂戴。壊してしまわぬように、ね……」
「……」
その言葉の意味を探ろうと梗耶が口を開いた時。その背後の扉が開き、暖かい空気が二人を包んだ。
「梗耶ちゃん、立ち話もなんですから中に入ってもらったらどうですか?」
「あ、伯母さま……そうですね」
雨こそ降っていないものの、空はまた今にも泣きだしそうなままである。
楓李がお茶の準備をしようと踵を返し、梗耶もそれに従う。だが……詠巳は首を横に振ると楓李に頭を下げた。
「せっかくですが、私はこの後彼氏とデートなので、結構ですよ……風見さんと違って、忙しいの」
「やっぱり当てつけに来てるじゃないですか」
梗耶のツッコミには触れないまま、詠巳が微笑むと楓李は察してそのまま室内へと帰っていく。
梗耶が今一度不信感を隠さない怪訝な瞳を手向けると、詠巳は続けた。
「今日は來葉堂に行きなさい。こじれるかもしれないけど、貴女の――“上辺じゃない貴女自身の”言葉で戦うべきよ」
「……良く分からない、けど……來葉堂には行くつもりでしたから。忠告であれば受取って置きます」
最後まで真意は分からない、というより“真意を見せない”ようにしていると梗耶は感じた。
だが、悪意からの言葉ではない事も、その声からは読み解く事が出来た。
詠巳の言葉を静かに受け取り頷くと、梗耶は來葉堂へと走り出したのだった。
「――運命は動きだしたわ。……良いクリスマスを、風見さん」




