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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
25.兄が思ける様
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25-7


 ――湊の事、燈也の行方、クララの事……どれも解決の糸口を見つけられないままであったが、だからと言ってここにいて良い理由にはならない、と夢姫達は渋々ながら帰宅の途につく。

 和輝は女子二人を家まで送り届けに出かけ、ソラは身体の方――“宙”を休める為に二階の居室へ帰っていった。


 柱時計が刻む針の音だけが響く來葉堂。薄明かりの中、八雲は一人佇む。


『助けて下さい! 僕のお母さんが――』


 ――それは脳裏に焼きついた言葉。頭の片隅にも追いやれない、鮮明なままの記憶の中の少年は今のソラよりももっと幼い少年の縋りつく瞳、悲痛な声で八雲に呼び掛ける。

 振り払いたい一心で八雲は厨房に駆け込むと、冷蔵庫に保管していたウイスキーのボトルを握りしめた。


「……いや、まさかね」


 誰に聞かせるでもない言葉を冷えた空気にかき消すと、八雲はため息をつく。

 グラスに注いだウイスキーの氷の解ける音が響く中……ふと、錆びた音を鳴らしながら、扉が外の冷たい風を招き入れた。

 女子二人を送っていった和輝が帰って来たのだろうかと八雲は何気なしに視線を手向けるが……そこにいたのは和輝ではなく、似た雰囲気を持った大柄の男性の姿だった。


「お帰り……じゃないか。こんばんは、“灯之崎”さん」


 八雲は皮肉混じりに音の主に呼びかけると、その言葉の意図するところを受け取った様子で大柄な男性・蔵之介はかすかに苦笑いを見せ、扉を閉める。


「……“そっちの名前”で呼ばれるのは慣れないわ……珍しいわね、こんな時間にお酒なんて」

「ああ、どこぞの無断欠勤妖怪に一言言おうと思って、待っててやったんだよ」

「や、八雲さんまで妖怪扱いなの? ……あれ、地味に傷ついてるのよ……?」


 普段の悪趣味すぎるメイクを完全に落とした素顔。眉をしかめる姿はどことなく和輝と似ていて、八雲はため息を落とすと椅子に座るよう促した。


「で? まあ何か飲みながら無断欠勤の理由でも聞こうか」


 八雲がもう一つ、からのグラスを手渡すと蔵之介はそれに水を注ぐ。

 蔵之介は一口だけグラスに口を付け、カウンターにグラスを並べると深々と頭を下げた。


「……今日、朝早くから実家に戻って、話をしてきました」

「跡取りの話?」

「ええ……元はと言えば私が……両親の期待に応えないままに逃げ出してしまった事が原因だから」


 ふと、蔵之介は柱時計に反射する自分自身と目が合い、息をのんだ。

 年を重ねるにつれて父親に似てきたと自分でも分かる。見慣れた姿から目をそらすと、たった一日目を離しただけですっかり泥に汚れてしまった床の木目に視線を落としたのだった。


「私、和輝と正反対で、とても可愛がられていた。何でも新品で買ってもらえて、行きたい所にも連れて行ってもらって」


 ――それだけ、後継者としての期待も大きかった。

 だけど私は昔から男の子っぽい事が苦手で……外で遊ぶより飾り付けた室内での人形遊びの方が好きだったし、血気盛んな少年漫画より恋模様に胸躍る少女漫画の方が好きだった。

 そんな私を、男らしく育てようとしたのか両親は武術やスポーツの習い事をさせてくれていたのだけど、本当はやりたくなかった。


 ……和輝が生まれたのは私が十歳くらいの時。

 男の子は一人居ればよかったらしいのだけど、授かりものだし、世間体もあるから……ってことで降ろすことはしなかったみたい。

 だけど、元々望まれた命では無かったからか……至れり尽くせりな私と違って和輝はあまり可愛がられていなかった。

 だけど、母に罪がある訳でもないの。


『――か、和輝!? 何やってるの!?』

『あ、おかーさん! あのね“このひと”が、ひとりはさみしいっていうから、さみしくないように“おともだち”をつれてきてたんだ!』

「だ、誰もいないじゃない! 気味の悪い事言わないで!!」

「おかーさん……このひと、みえないの?」


 あの子は、小さい頃から私たちには見えない“何か”が見えていて、“誰かの声”と触れあってたようなのね。

 私が大人しい子だった分、余計に手を焼いたんじゃないかしらね、母は――


「きっと、あの子も……和輝も覚えていないほど小さい頃。歳を重ねて、私たち家族の誰にも見えていないものだと気付いたのか、そう言った発言はしなくなったけど……母にとって和輝は“疫病神”に変わりないわ。その後は八雲さんも御存じじゃないかしら。和輝は燈也君や湊ちゃんという友達が出来て……燈也君と喧嘩になって」

「んで、とうとうノイローゼになったのか」


 ――八雲が記憶を辿り、呟くようにそう言うと蔵之介は一度だけ頷く。


 “道具”に選ばれた者や“ま”に魅入られた訳ではない和輝以外の家族には見えない“それ”は、和輝ともども不吉の象徴となって然るべきものだったのだろう。

 困ったような笑みを携え、蔵之介はまた一口グラスを傾けると絞るように声を紡いだ。


「……その頃の私は、大学卒業を控えていた。正直、弟の事なんてどうでもよくって、私は私の事で精いっぱいだった。親の期待は私にだけかかっていたの。和輝は、ある意味私にとって“両親の愛を見える形で確かめられる物差し”だった」


 両親からの期待が目に見えて分かっていたからこそ、私はだんだんと怖くなっていった。

 卒業したら実家に帰らないといけない、継がないといけない。

 両親からの愛が、期待が……その全てが重圧に代わっていった。


「――そんなある時、偶然この街で和輝を見かけたの。あの子が小学校高学年のころかしら……」

「俺が和輝と出会った後だったんだろうね。“中高一貫教育校に通わせるから”っていう名目で、例の……燈也君との一件以降は俺の所に来ていたから」


 親御さんからしたら体の良い厄介払いだったんじゃない? と八雲は皮肉混じりに笑う。

 蔵之介は愛想笑いしか返せなかった。


「重圧に耐えかねて、失踪してしまおうかと考えていたところだった。……やりたい事なんてなかったけど、“やりたくない事”ははっきりしていたの。そんな時に、まだ幼い和輝を見かけて悪い考えを起こしてしまった……」


 ――そうだ、弟が居るじゃない。年が離れているのだから、まだ間に合う。和輝を従順な子に育てたら、きっと両親も納得してくれる。私じゃなく、あの子を継がせる方向に持って行く事も出来るんじゃないか。


 そう思って、私はすぐにそれまで働いていた会社を辞め、まだ“來葉堂”が始まる前の……八雲さんの元を尋ねた。給料は無くってもいい、とにかく和輝と接する事が出来れば。

 それまで、殆ど話したこともない弟。こちらから明かさなければバレることもないと踏んで。


『すみません、こちらのバイト募集……って言うのは、女性限定でしょうか?』

『ん? ……ああ、いや。出来れば器用な男性の方がありがたいんだけど』

『あの……私、一人暮らしが長いので、一通りの家事は出来ます、何でもやります。……だから――』


「……和輝が壊滅的に不器用だったもんで、食うに困ってお手伝いさんでも雇おうかと考えていたら、良く知った珍しい苗字の人が来たんだよね。今考えても妖しさ満点だったよ。あんた」

「え、ええ、まあ。……それでも、何も聞かずに雇ってもらえてありがたかったわ」



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