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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
25.兄が思ける様
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25-1

 ――その日の夜、和輝は久しぶりに夢を見た。

 幼い頃の自分。目の前には疲れた顔をした母の姿。


『和輝!? もう、また……何であんたはそうなの!? 産まなきゃ良かった、こんな“疫病神”!!』


 鋭い痛みが頬に張り付き、熱を帯びていく。だけど、泣けなかった。先に泣き出すのは母の方、細く傷んだ手のひらは自身の頬と同じくらいに赤いはず。……怒鳴られる理由は分からなかったけど、多分悪いのは自分の方だろう。


『蔵之介はこんなに良い子なのに。優しくって、素直で、頭も良くって……誰に似たのかしらね』


 母が光の無い瞳で、幾度となく呟いた言葉。誰に似たのか。その答えは今でも分からない。


 ただ、記憶の片隅に残る兄さんは自分よりずっと大人で、優しくって――

 兄さんのような大人になれば愛してもらえる。分かっていても、見本であるべき兄さんは気がついたらずっと遠いところに行ってしまっていた。


『――俺の名前は春宮八雲。……まあ、好きなように呼べばいいよ』

『やくも、さん……? えっと、じゃあ――』


 “この人が兄さんだったら” 

 いつしかその思いが敬慕に変わり、いつしか。



 ――翌朝。

 どうにも心が落ちつかないまま、よく眠れなかった和輝は珍しく早起きをしていた。

 和輝には、師匠に――八雲にどうしても伝えなければならない事が出来ていたのだ。


 内に秘めた言葉を確かめるように自身の手を強く握りしめると意を決したように扉を開ける。


「おはよう……って、あれ?」


 一階に続く階段を降り、慣れない手つきでまだ暗いままの店内に明りをともす。

 薄明かりの中で時を刻み続ける柱時計が指し示す時刻は午前八時……普段であればクララが開店準備に掛かっている時間であった。


「かずきさんおはようございます、さくやはねむれましたか?」

「……ソラ、おはよう。まあまあ、かな」


 “それはよかった”と軽やかに首の鈴を鳴らすと、マリンの姿を借りたままのソラが人間のような背伸びをしながら和輝の足もとにすり寄る。

 そして、柱時計が刻む針を大きな瞳で追い掛けると、不思議そうに首を傾げたのだった。


「クララさんおそいですね。きょうはおやすみでしたっけ?」

「いや、昨日はそんな話して無かったと思うけど……」

「ですよね……あ!」


 光が馴染み始めた店内を何気なく見渡していたソラは、カウンターテーブルの真ん中に置かれたキャラもののぬいぐるみに気付き声をあげる。

 それは普段、客が滅多に座らないテーブル席に鎮座していたクララの趣味そのもののファンシーなぬいぐるみ。

 ソラは身軽な体で椅子の上に飛び乗ると身を乗り出し……ぬいぐるみに守らせるように挟まれたメモ紙を見つけ、和輝を呼び寄せた。


 “実家に帰らせていただきます。今までの勝手をどうかお許しください“


「――“クララより”……って、何この離婚間際の嫁みたいな手紙」

「ど、どういうことでしょうか……」


 一人と一匹は顔を見合わせ、この予想だにしない展開に首を傾げた。

 人間のように表情を表せない代わりにその大きな瞳に困惑を湛えるソラと、その視線を受け取りつつも和輝は怪訝な表情でメモ紙を見つめている。


 嫌な予感が脳裏をかすめ、どことなく不穏な沈黙が店内を包み始めたその時。来客を告げるベルがけたたましい音を奏で、勢いよく扉が開け放された。


「おっはよー! ……相変わらず辛気臭い店ね~今日はクリスマスイブよ! 派手に行きましょー!!」


 嫌な静寂を吹き飛ばす様な甲高い声を引き連れ、西部劇のガンマンのような寒々しい出で立ちの夢姫は腰に大量にぶら提げたクラッカーを一つ手に取ると、和輝に目掛け打ち放つ。

 心臓が破裂してしまいそうな音と共に、キラキラと紙吹雪が舞い散った。


「人に向かって打たない……って習いませんでしたか水瀬夢姫さん?」


 あきれるやら驚いたやら……。一瞬で色々な感情が駆け巡り、和輝は大きなため息を落とす。したり顔でもう一個構え始めていた夢姫の手のひらからクラッカーを奪い取ると、まだこぶが痛むであろう頭を叩いた。


「あだだだだ! 何すんのよバカ! 人の傷に薬を塗り込むよーな仕打ち! そんなんだから友達も彼女も出来ないのよ!?」

「“薬”塗ってどうすんだよ優しいな! それを言うなら“塩”だよ馬鹿」


 と、ようやくここで夢姫も、普段とは違う雰囲気に気付いた様子で辺りをキョロキョロと見渡す。

 基本的に年中無休。クララはカウンター内でその恵まれすぎた体をフルに生かして(?)掃除や裁縫に勤しみつつ、ウザいくらいの投げキッスをお見舞いしていた。

 それにも関わらず、この日は異様なまでの沈黙が店内を取り巻いていたのだった。


「クララちゃんは?」

「いや、それが俺も良く分からないんだ。朝起きたらこんな手紙が」


 僅かな情報量ではあるが、分かる範囲のいきさつを伝え終えると、夢姫は可愛らしいメモ紙を見つめる。そして、“クララちゃんはお嫁さんなの?”と同じくツッコミを入れていた。


「……ああ! これってもしかしてあれじゃない!? 昨日の今日だし……あの性悪ぺったん娘が腹いせにクララちゃんを誘拐」

「いやいやいや。あの体格さでそれはまずない……っていうか、そもそもクララに力で勝てそうな人が思いつかないんだけど」

「そこはほら言葉巧みにさあ?」

「っていうか、お前は湊の事なんだと思ってんの」

「悪女?」

「おい」

「そんな事より! こうしちゃいられないわ、早いとこクララちゃんを捜索して――」


 押し問答を繰り返しながら、夢姫が入口の扉に手を掛ける。

 が、扉を引くよりも先に、向こう側から誰かが押したようで夢姫はそのまま尻もちをつき転んでしまったのだった。




「こんちゃー……ッス」


 冷たい風と共に消え入りそうな声が店内に舞い込む。

 そっと開かれた扉から顔をのぞかせたのはカチューシャをつけた派手派手しい頭と引けを取らない派手な服装……の割に、申し訳なさそうな燈也であった。


「燈也!? ……なんでここに?」


 和輝は驚きを隠せずそのまま燈也に尋ねる。

 それもそのはず。燈也の家もまた和輝の実家の近所――つまり簡単に遊びに来るような距離ではないし。彼は道を尋ねなければここに辿りつけない、縁もゆかりもない土地だ。


 そんな燈也が目の前にいると言うことは、あながち夢姫の妄言も冗談に聞こえなくなってきた。二人は萎縮してしまった少年を鋭く睨む。


「こ、こええよ!! べべ、別に悪さしようなんて考えてないから!」


 取り留めのない言葉をしどろもどろに紡ぐ燈也の言葉を要約すると――


 ――湊を追いかけてきた彼はトイレ行っている間にはぐれたらしい。

 状況を打開しようと刹那のバイト先も訪ねたらしいが……運悪く休みだったようだ。

 他に行くあてもない燈也は、わずかな記憶を頼りに來葉堂までたどり着いた――という事らしい。


「――え!? やっぱりあの子こっちに来てるの!? ってことはクララちゃん誘拐されたんじゃない? なんとか言いなさいよこのチキンボーイ!」

「ひでえあだ名! って言うか誘拐って何が!?」


 冷たい視線と共に詰め寄った夢姫の姿に怯み、燈也は手にしたままの扉の影に隠れ身を縮める。

 クラッカーをピストルのように構え更に追い詰めていく夢姫を諌めると、和輝はらちが明かない状況にため息を落としつつ、燈也を店内へと押しこんだ。



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