表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユメユメ~一年目~  作者: サトル
24.契り深くして相ひ思て有ける
122/144

24-8


「おい湊! みな……だ、大丈夫? 水瀬……?」


 走り去る湊を追いかけようと開いたままのガラス戸から飛び出しかけた和輝は、先程殴られた頭を押さえ痛みに打ち震える夢姫の存在を思い出し、その顔を覗き込む。

 夢姫もまた、その所作に気付いたようで鋭い視線を返した。


「だいじょーぶなわけないっしょ?! どうなってんのあんたの親! 乙女の頭全力で殴るなんて責任とってくれるの!?」


 先程までは気を張り詰めていたのだろう。

 遅れてやってきた痛みをそのまま付き返すかの如く夢姫は声をあげ、弾ける寸前の風船のように頬を膨らませ和輝に詰め寄る。


 和輝が返す言葉に詰まり視線を宙に泳がせていると、夢姫の少し崩れたツーテールを馬の手綱を取るがごとく引き留めると梗耶は眼鏡を指先で押し上げため息を落とした。


「夢姫がしゃしゃり出たからなんですけどね。全く、顔を殴られなかったからいいものを……」

「きょ……梗耶ちゃん、辛辣だね」


 先程の激昂が夢であるかのように、平静を取り戻した梗耶が淡々とした口調で夢姫を揶揄し、その傍らで、刹那は苦笑いと共にため息を落とした。


 そんなここ最近の日常と化しつつあった何気ないやり取りに和輝が懐かしささえ覚える中、奥で見て見ぬふりをしつづけていた事務員達も安堵したように夢姫の元へ駆け寄る。


「お嬢さんかっこいいわ~! 胸がすかっとしたわ!」

「奥様にあんなに言いたい放題できるなんて素敵よ!」

「ほえ……? うんうん! そうでしょー! あたしに敵なんて存在しないもんね! 敬いなさい!」


 事務員の女性たちに言葉の限りもてはやされ、痛みも和らいだのか夢姫はすっかり機嫌を直し得意げな笑みを見せる。

 過剰すぎるまでの保冷剤が持ち寄られ、もてなされるがまま椅子に腰かけ……大人しく頭を冷やされる夢姫は、ふと和輝が俯きその身を震わせている事に気が付いた。


「……和輝? はっさては、怖かったのね~よしよし、もう大丈夫よ! あたしの手に掛かればヤマンバだろうと雪男みたいなおっさんも――」


 完全に調子づいた夢姫が高らかに笑いかけると、和輝は夢姫の高笑いに引けを取らないほどの声を上げ笑い出した。


 たった一年弱の付き合いの中であっても笑顔一つ見せた事のなかった和輝。

 それ故にここまで笑われると流石の夢姫も「遂におかしくなったのか」と急に不安に駆られ、同じ思いであろう梗耶と視線を重ねる。


「だ、大丈夫ですか? 和輝さん?」


 梗耶が不安げな面持ちで見守る中、和輝は自身を落ち着かせるかのようにため息をつき、周囲の不安の声には首を横に振った。


「大丈夫じゃないよ。全く……気性の荒い人達に向かって馬鹿だよ、水瀬は……いや、風見も逢坂さんも」


 梗耶の頭を軽く叩き、驚きに声も出せないままである姿に見て見ぬふりをすると、次に保冷材が守る夢姫の頭を叩く。

 声にならない夢姫の叫びを無視したまま、和輝は二人に向かい悪戯な子供のような笑みを返したのだった。


「ありがとう。……その、嬉しかった。正直、清々するくらいの暴れっぷりだったよ」


 珍しい光景を見たと言わんばかりに言葉を失う三人にそう頭を下げると和輝は返事を待たずに踵を返す。


「――あの、皆さんもお騒がせしてすみません。母が……いつも御迷惑お掛けしてます」


 和輝はカウンター越しの事務員達に向かい立つと、しっかり頭を下げる。

 自分達に向けられた言葉であると、その場の誰もが理解しているのだろう。数人の事務員達は互いに顔を見合わせ、声なき声で互いに確認し合った。

 やがて、年長の女性が代表するかのように和輝に歩み寄ると、皺が深く刻まれた顔に笑みを湛えた。


「見ない内に、立派になられましたね。奥様はともかく……私たちはあんな風に思いません。それぞれ、違った個性があって当然です。素敵なお友達が沢山出来たようで、何よりですよ」


 女性の言葉に同意するように、後ろで見守っていた事務員達も何度も頷く。

 その姿が目に入り、和輝は照れくさそうにもう一度頭を下げた。


「皆さん、ありがとうございます。兄さんの件が片付いていない以上、まだ問題は残るとは思いますが……俺も何か出来る事は考えます」


 和輝がはっきりとした言葉でそう紡ぐと、事務員達は少し表情を煙らせた。

 そう――母が執心している和輝の兄の所在が判明した訳ではないのだ。

 ひとまず和輝の動向が決まっただけで、一件落着ではない。その事が分かるからこそ事務員達は考えあぐね……やがて、戸惑いを振り払うように“私たちは慣れてますからね”と口々に茶化して見せたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ