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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
24.契り深くして相ひ思て有ける
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24-6


「――今、水瀬の声がした気が」


 同じ頃、社長室で父の帰りを待っていた和輝は一階から漏れ聞こえる声に聞き覚えがある気がして、辺りを見渡すとそう呟いた。

 さほど重くはない湊の体を優しく押しのけると立ち上がり、そっと扉を開ける。

 ひんやりと冷たい廊下の風に乗り、頬を掠めた甲高い声――和輝は何故か心に明りが灯ったかのような懐かしさを覚え、息をついた。


「“ミナセ”ってどっちー? 胸がない方?」


 押しのけられた湊も、勢いをつけてソファから立ち上がると駆け寄り、華奢な腕を和輝の腰に回す。

 湊に対して、振りほどくだけの意識は向けていなかった。ただ、微かに聞こえてくる声に耳を傾けるだけに意識を集中したくなっていたのだ。


「ねー和輝? 胸が無い方? ある方?」

「……その区別はやめて差し上げろ。無い方であってるけど」

「ふーん、っていうか……いるわけないじゃん。いたらどんだけしつこいのって感じ! 追いかけてくるとかストーカー? やだキモいキモい!! ……もしかして、幻聴が聞こえる程好きなの? 私より?」


 そう、ここは來葉堂のあるあの街から遥かに離れた場所。

 ここまで追いかけてくる事が容易ではない事くらい和輝でも分かっていた。


 それでも、何故か心の奥底では“そんな気がしてならなかった”のだ。


「好き、とか……そんなのじゃないけど」


 背中に確かに感じる少女のぬくもり。発展途上の慎ましい感触はけっして居心地の悪いものではないはずだが、和輝はその細い腕を優しく解くと、小柄な少女の頭を撫でた。


「――水瀬は、お前が想像する以上にしつこいんだよ」


 頬を膨らませて感情を露わにする湊に、和輝は困ったような笑みを返すと階段を駆け下りる。

 それは湊にも見せた事の無かった、どこか晴れやかで憑き物でも落ちたかのような姿で……

 湊は戸惑いながらもその背中を追いかけて行った。



 ―――



「ちょっと! 何ぼんやり見てんのよ!? 誰かこのクソガキどもを追い出しなさい!」


 時を同じく、くそば……和輝の母は怒りに顔を醜く歪ませたまま感情に身を任せ、受付の女性達に叫ぶ。

 またもカウンターを叩きつける轟音が事務所を包み込み、事務員達の動揺が痛いほど梗耶達を取り巻いて行く。


「――なんだ、騒々しい。由貴江、何をしとるか!」


 事務員を急かす和輝の母の罵声にまじり、ガラス戸がゆっくりと錆びた音を響かせ、一人の壮年の男性がゆったりとした口調で一言、確かな存在感を与えた。


「あ、あなた! ……だって、この子達が!」

「外からでも聞こえとったわ! 子供相手になんばムキになっとるかい、こん恥知らずが!」


 和輝の母が“あなた”と呼んだ壮年の男性……平均より背が高い方である刹那も見上げるほど恵まれた体格の男性は上下ともにライトグリーン色の作業着のような服装であるが、高級そうなネクタイで胸元を飾り、粗雑な口調とは裏腹に風格と貫録を醸し出している。

 鋭くも思慮の感じさせる眼光、この世界に“皇帝”が存在していたとしたらこのような風貌であろうか。

 確かな既視感と、それ以上の威圧感を前に、梗耶は息をのんだ。


 男性は由貴江と呼ばれた和輝の母を押しのけると、夢姫達の前へと歩み寄る。

 射抜くように夢姫を見下ろすと、応じるように夢姫も一歩足を踏み出した。


「うちの会社に何か用かね?」

「あんたが和輝のお父さん? ……会社に用はないよ! さっさと和輝を出しなさい! っていうか、返しなさい!」

「……」


 和輝の父が鋭い眼光を向けると、流石の夢姫でさえも心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖を覚え、戸惑いを露わにその身をすくませる。


 和輝の父が言葉を紡ごうと口を開いたその時。

 夢姫達にとって聞き覚えのある声が、その場にいる誰もの耳にはっきりと響き渡った。


「父様! 母様! 止めて下さい!」


 そこにいたのはそう、彼らの子供であり騒ぎの中心人物である和輝本人であった。

 和輝の声に気付くやいなや母は今一度怒りをカウンターに叩きつけ、足早に詰め寄る。


「和輝、あんたねえ!? 次々と不幸ばかり呼びこんで、この“疫病神”!」


 そして感情のままに母が手を振り上げた瞬間、刹那が掴み上げると、呆れたように息をついた。


「だから、手を上げる事はおやめ下さい。……むやみやたらと打ちつけるから、夫人の手はかように傷ついてるんですね。眉間のしわも、癖になってしまっている。夫人も元は美しい淑女であった筈、勿体ないですよ?」

「はあ!? ふざけてないで離しなさい! ……この!」

「お、逢坂、さん?」


 和輝は状況を飲み込めないでいた。

 夢姫と、追従して梗耶は来るかもしれないとは予想していたが、刹那まで付いてくるとは思ってもみなかったのだ。


「――胸が無い人と、ある人と、イケメンさん! へえ……マジで来たんだ〜! ねえ和輝、私達の結婚式にはみんな呼んであげないとね〜? だってこれだけ盛大に祝ってくれてるんだもん!」

「はあ? 勘違いしないでください、馬鹿二号。言っときますけど私達、祝いに来たわけじゃないです。和輝さんを、連れ戻しに来ました」


 追いかけてきていた湊が和輝に追いつくと、その腕を絡ませあざとい笑い声を弾ませる。

 その声に気付いてか、梗耶がツカツカと歩み寄ると、それは普段夢姫が見せる自信満々な決めポーズに引けを取らない、堂々とした面持ちで湊を指さした。


「えー何それ? なんか私達が悪者みたいじゃない?」

「“達”ってなんですか? あなた“が”悪者なんですよ。和輝さんが言い返さないのをいい事に好き勝手言って、好き勝手やって!」

「……風見」


 湊が梗耶の剣幕に怖じた様子で和輝の背中に隠れる。

 ここまで、既に収集がつかなくなりつつある原因の根本が和輝自身であると察した父は、鋭い眼光を自身の息子に向け、静かに足を近づけていった。


「和輝、俺はこんな野蛮な友達を作って欲しくて春宮の息子に預けたんじゃなか……このドラ息子が!!」


 湊は展開をいち早く察知したようで和輝の背から離れると階段の影に身を潜める。

 それは和輝も同じ事。目をつぶり背中を丸め、咄嗟に出来うる限りの防御をもってその場に立ちつくした。


 父のその手に拳が握られ……頭を打つ鈍い音が辺りに響いた。



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