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――同じ頃。三人はバスとバスを乗り継ぎながら、ようやく目的の場所に辿り着いていた。
曲がりくねった山道の途中、隠れるようにその姿を見せる大きな建物。
柵で囲われた敷地の奥には大きなクレーン車が静かに時を過ごし、その反対側には小さな倉庫、そして正面に見える観音開きのガラス戸には会社名が鈍く光っていた。
「ここ、和輝んち? マジ金持ちじゃん! 何であんなみすぼらしいカッコしてたんだろ? ……まあ良いわ! さあ悪の手に堕ちた姫を助けるわよ! 魔法使い、武闘家、良いわね乗り込むわよお!!」
あたりを見渡していた常識人二人を差し置き、夢姫が決めポーズを決めると閉ざされた門に向かい走り出した。勢いをつけて乗り越えようとしているらしい。
「いや色々待って!! ツッコミが追いつかないよ夢姫ちゃん!」
「セキュリティとかあると思うし、乱暴にやると不審者扱いされる可能性がありますからね!?」
柵によじ登りかけた“勇者”を強引に引きずり下ろすと、夢姫は不服そうな表情で二人を見つめる。
ここは異世界でもなんでもない、ごく普通の会社。当然ながら騒げば警察のお世話になるはずだ。
いくら自分たちが高校生であれど、社会的に揉めてしまっては非常に幸先が悪いのだ。
珍しく意見が合致していた常識人二人。“非常識人・夢姫”を取り押さえたまま、再度状況確認に努める。
「……見る限り、会社の事務所かな……受付に女性の姿も見えるから事情を説明すれば、面会くらい出来そうだね」
「はいはいおーけーおーけー! まずは正面の建物に突入すればいいの? よおし行くわよ二人とも!」
刹那が言葉をまとめ終わるよりも先に、待ちきれなくなった様子の夢姫は、梗耶が掴む手を振りほどくと門を豪快に開け放ち、意気揚々と敷地内を闊歩し始めた。
「ってこら! 夢姫!」
「だって考えてる時間がもったいないもん! あんな美少女だよ!? こんなのんびりしている間に“そーゆう展開”になっちゃってるかもよ!」
「そっ……」
幸いセキュリティの類はかかっていなかったらしく、砂利を踏みしめる足音と高まる自分自身の鼓動以外は何も聞こえない、静かな敷地内を梗耶と刹那もまた慌てて駆けていく。
夢姫がいつも來葉堂でやって見せるのと同じ……いやそれ以上の勢いでガラス戸を両手いっぱいに開け放つと、中にいた事務職の女性達のどよめきが後から追いかけてきた梗耶達の耳に痛いほど響いた。
「たのもー!! ねーおばさん! 和輝に会わせて!」
ガラス戸のすぐ正面に在する年季の入ったカウンターを夢姫が叩き声をあげると、動揺のまま室内奥に逃げていた事務員の中でも一番年上と思われる年配の女性が息をつきカウンター越しに夢姫を見定める。
「どちら様でしょうか?」
「んな事どーでも良いじゃない! 会わせなさいよ」
対する夢姫も負けじと睨み返し、険悪な空気が辺りを漂い始めた頃。
追いついた梗耶が夢姫を羽交い絞めにしたまま引き下げ、代わりに刹那が爽やかな笑みを携え頭を下げたのだった。
「連れが失礼いたしました、彼女は日本語に不慣れでして。こちらの……灯之崎社長のご子息が、本日帰省されていると思うんですが、どちらにいるかご存じないですか?」
刹那は柔らかな声でそう紡ぎ、奥に固まり様子を伺い続けている他の事務員達にも頭を下げる。
元々刹那が持ち合わせた天賦の才なのだろうか、事務員達の警戒心も和らいだようで一人、また一人とカウンター越しに刹那の元へ集まってきていた。
「ご子息って、蔵之介くんの事?」
「あ、でも……それにしては若いわよねぇ。あなた、おいくつ?」
「彼女はいるの? うちの娘ね、今十九歳なんだけど」
「あら斎藤さんとこの娘さんより我らが亜美ちゃんが先よ! ねぇ」
話は本来の軌道を大きく逸脱し、雪だるまのようにそのまま転がり続け肥大していく。
お見合い話に発展しかけた状況には流石の刹那も対処に困ったようで、助けを求める目を梗耶に向けた。
が、元々事なかれ主義代表である梗耶は救助要請を拒むかのように目を逸らすとため息をついた。
「仕方ない、このまま逢坂さんを囮にして私達だけで侵入しましょうか」
「あ、いいね~刹那っち、田舎も悪くないよ多分。ガンバ」
「ちょっと!?」
梗耶が受付の左隣に見えた階段に目を向けた時、ハイヒール特有の足音が耳をついた。
誰かがやってくる、だがこの状況下では逃げも隠れも出来ない事だと梗耶は察し、夢姫を引き連れ刹那の元へ引き返した。
「あなた達何してるんですか! 休憩時間ではないでしょう!?」
階段を早足で降りてきた女性はカウンターの周りに集まっていた事務員達を睨むと声を荒げ一喝する。
眉間にしわを寄せ、呆れたようにため息をついた女性は梗耶の伯母夫婦と同じくらいの年齢であろうか。
だが、身だしなみに気を遣っている梗耶の伯母とは違い、今目の前で冷たい視線を注いでいるこの女性は痛みが目立つ髪の毛を一つにまとめただけ、化粧をしても尚隠せない疲れを滲ませた姿であった。
「ここは子供の遊ぶところではありません。帰りなさい」
一喝され、すごすごと霧散していった事務員たちに代わり、女性は刹那の元へ歩み寄ると眉をひそめため息を落とす。
その悲観的な途絶の仕方は、どこか和輝に似た雰囲気をまとっていた気がした。
「ねね、おばさん! おばさん和輝のお母さんじゃないの? あたし達、和輝に会いに来たの!」
和輝による塩対応に慣れきっている為か夢姫はその程度で怯むはずもない。
女性の顔を覗き込み、そう尋ねると、眉間の皺を深め夢姫から離れた。
「……また、あの子なの? 帰って早々厄介なものばかり呼ぶわね……知りません。会いたければ自分達で連絡でもすれば良いじゃない。“お友達”なんでしょ? 私に取り継ぐ義務はないわ」
「え、あちょっと……!」
女性はつき放すように息をつくと、そのままガラス戸を乱暴に開け放ち外へと出て行ってしまった。




