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「――どうも腑に落ちなくってね。梗耶ちゃん、君の真意が知りたいんだ」
“真意”も何も、感情のままにここまでやってきていた梗耶にとってそれは答えのない問い掛けのようなもの。
返す言葉が見つからない梗耶をまっすぐに見つめ、刹那は少々回りくどい言い方であったと悟りすぐに言い換えたのだった。
「あ、いや……前に梗耶ちゃんが言ってただろう? “大切な人には笑っていて欲しい”って。……その言葉の色が変わらないままであれば、今から君がやろうとしている事は矛盾しているんじゃないかと思ってね」
……言い換えたところで回りくどさは直ってないのだが。
それでも刹那の言わんとしている事が伝わった様子で梗耶は視線を車窓に逃がした。
「……和輝君は恐らく湊さんを大事に想ったからこその決断なんじゃないかな。その意思を尊重するのであれば騒ぎ立てないで身を引く事が“彼の為”じゃないかなって」
刹那の疑問の根幹にあるのは、以前……喫茶店で告げていた梗耶自身の言葉の事。
……が、その時のやり取りなど知る由もない夢姫はただ、興味深く次の展開を待っていた。
ベクトルが違えども二人の疑問はまっすぐで、かつ見当違いなものでもない。
その視線に耐えかねた梗耶は息を吐くと言葉を紡ぎ始めた。
「……和輝さんの気持ちが、何となく分かったんです。逢坂さんのおっしゃる通り……いや、燈也さんも仰ってましたけど、和輝さんは恐らく湊さんを大事に思ってますよ。好意と言って良いでしょうね」
「にゃる! それで奪い返そうってことかあ……昼ドラ的なあれ? やっぱりぶん殴りに」
「行きません! 違いますから!」
懐かしい歌の振りつけのごとく拳を振り上げ、“今からそいつを殴りに行こうか”と夢姫が立ち上がる。他の客の迷惑になる前に座らせ、その手を叩き落とすと……梗耶がしっかりとした声を紡ぎ否定をしていた。
「湊さんの態度が許せなかった。はたから見ても、和輝さんや燈也さんに大事に思われているのに……誰からも怒られないからなのか、あんなに容易く人を傷付けて」
夢姫と刹那、二人は分かるようで分からない……そんなもどかしい感情に包まれていた。
その事は共通認識としてあったらしく、二人は視線を重ねると首を横に振っていた。
「ねーどゆこと? つまり、みなとちゃんに激おこなの?」
「確かに湊さんの態度は引っかかるものはあったね。……だけど、僕たちは部外者だ。これは燈也君と湊さん、そして和輝君の問題。彼らが我儘な態度を取られても尚、湊さんの事を愛しているのであれば、僕等が横から口出すべき問題ではないと思うけど……」
刹那が淡々と言葉を紡ぐ。夢姫は語彙力の乏しさ故半分程しか理解出来ていない様子で首を傾げていたが、梗耶には充分伝わったようだ。
だた、それでも首を縦に振ることはなかった。
「……仰りたいことは理解出来ますよ。でも……多分、湊さんが本当に好きなのは、燈也さんの方。和輝さんの事が好きなら、二つ返事で承諾すれば良い。わざわざ燈也さんに許嫁の件を相談する必要ないじゃないですか」
「ほえ? そーなの?」
「和輝さんは、湊さんを大事に思うからこそ、身を引いたんじゃないかなって思うんです」
電車は大きな駅を通り過ぎ、車窓は都会の様相から色を変えて徐々にのどかな田園風景を描き始め、登りきったばかりの朝日がキラキラと田んぼを輝かせていた。
「やっぱり分からないよ。どうして和輝君は身を引く必要があるんだい? ……愛しているなら戦う道もあった筈、だって別に付き合っている訳じゃ無いのだから」
「本当に好きだからこそ、幸せを願って……好きな人だからこそ、身を引いたんですよ、多分。逢坂さんだって、好きな人には笑っていて欲しいものじゃないですか?」
「それは……」
言い淀む刹那に、梗耶は「逢坂さんの場合“好きな人が振り向いてくれない”なんて展開、味わった事無さそうですけどね」と自嘲気味な嫌味を投げかけてみる。
刹那は否定も肯定も出来ないまま、紅茶を一口飲むとお茶を濁した。
「大切な人が笑ってくれるのなら、その隣に居るのが自分じゃなくても良いんですよ。色々形があれど、誰かの幸せを切に願える気持ちの根幹が、愛だと思うんです。だから、その……どんな結末が待っていても……」
「あ分かった! つまりきょーやは和輝の真意を確かめたいんだね!! もー二人とも遠回し! そう言うことなら協力するわよ!」
途中話しについていけなくなっていたが、それでも梗耶の想い、言わんとしている事は理解出来たらしく、夢姫は狭いシート内で押し倒すように抱きつく。
勢いに流され、梗耶は座席の肘置きに腕を強打していた。
「あたし、愛とかよく分からないけど……きょーやには幸せになって欲しいもん!」
「あいたっ……もう、夢姫は。……ありがと」
そんな少女たち二人の姿を見つめ……刹那は何を思うか視線を伏せたのだった。
―――
一方の和輝は、湊、やっとのことで同行を許可された燈也と三人で新幹線に乗り合わせた。
帰郷の余韻に浸れないほどの速さで流れていく車窓の景色にため息を落とし、和輝はこの気まずい空気に耐えかねていた。
「み、湊……オレ」
「話しかけないでって言ったよね? ホント鳥頭ね、イライラする!」
「ごご、ごめん……」
「本当なら鈍行で帰ってもらっても良かったんだよ? 一緒に帰れるだけ光栄に思いなさいよ。……それ、捨ててきて」
「おい湊! もう少し穏便に帰らない?」
湊は鋭く睨むと、空になったペットボトルを投げつける。反射的に受取ってしまった燈也は体を小さく丸めペットボトルを抱きしめた。
「……あーイライラする! 和輝、穏便に帰りたいならそいつ別の車両に移してきてよ!」
「馬鹿言うなよ。……何でそんなに拗れたんだよお前ら」
「そんなの、勝手にいなくなった人には関係ない話よ!」
車窓の景色は瞬く間にのどかな風景をスライドさせ、車内アナウンスが次の目的地を優しく知らせる。
三人が降りるべき駅まではまだ三駅程あるのにも関わらず、湊は荷物と共に立ち上がる。
そして和輝の隣に座る燈也を強引に押し出し、向かい側の席に座らせると空席となったその席を奪った。
「ねえ、どっちなの。黒髪のバカっぽいの? それとも眼鏡の暗そうなの?」
「……何が?」
「“何が”じゃないわよ。……どちらかにたぶらかされたから私との許嫁の話を蹴ろうとしたんじゃないの? どっちが好きなのよ?」
和輝は呆れたようにため息をつく。
あの短時間の邂逅で、良くそこまで見抜いたものだと感心してしまった自分を抑えこみ言葉を紡ごうとした時、車内はガタリと大きな音を立て再び動き出した。
湊の華奢な体はその振動に耐えきらず、大きく揺れるシートにぶつかりそうになる。
腕を強打してしまわないように和輝が庇い抱きとめると、湊はそのまま身を預けた。
「ねえ、たぶらかされたんでしょ? じゃなきゃなんで和輝は私の事見てくれないの?」
「そんなことは……」




