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ユメユメ~一年目~  作者: サトル
23.恋ひ迷ける程に
110/144

23-4

 ――同じ頃。

 行き交う人々で賑わう駅の一画、大手チェーン店のカフェに刹那の姿があった。

 全国展開されているこのカフェは、軽食とコーヒーを始めとした各種ドリンクを落ちついた店内で楽しめる事で若い世代や会社員に人気が高い。そう、このカフェは刹那のバイト先であった。


 忙しい時間が過ぎ、店内も顔なじみの常連客が数人いるだけ。

 同じシフトの従業員と談笑する余裕ができたその頃……この辺りで見かけない一人の少年が自動ドアに迎え入れられた。

 少年は極彩色なシャツに穴が開いたズボン……髪の毛はカチューシャでオールバックに。一目でやんちゃだと分かる見た目だ。

 この仕事柄、如何様な客人にも慣れている刹那はいつもと変わらない優しい微笑みで少年を出迎えた。


「いらっしゃいませ。ご注文お決まりでしたらこちらへどうぞ」


 だが、少年はあまりこのような店に馴染みがないのか、話しかけられた拍子に声を跳ね上げ体をこわばらせる。

 自身を落ちつかせるための深呼吸をオーバーな動きでやって見せると、少年は緊張した面持ちのまま、レジに立つ刹那の前に進み声を潜めたのだった。


「すす、すみません、オレ客じゃないんス……あの、この辺に明陽高校ってないスか?」


 駅ビルの中と言う立地上、この手の道案内は良くある事。

 聞きなれた学園名には特に不審な感情も無く、刹那が慣れた様子で周辺の地図を取り出し説明し始めると、少年は照れくさそうに頭を掻いた。


「あ、あの聞いといて何なんスけど……オレ方向オンチで、何が何だか。誰か案内してくれる人とか、そう言う場所とか無いッスか?」


 見た目に寄らず、いやある意味見た目通りなのか……少年が自嘲気味に“頭良くないんで”と苦笑いするので、刹那もつられたように笑みを浮かべる。

 同じ駅ビルの中に観光案内所は併設されているのだが、いくら案内所と言えど観光地でも何でもない普通の学園に連れ添うサービスは行っていないだろう。

 刹那は即座にその考えに行きつくとカウンター内に置かれた時計に視線を落とした。

 時計の針は夕刻、刹那の就業終了時刻まであと少しと言う所であった。


「あと十分くらいで僕は仕事終わるから、それからで良ければ案内するよ。……それまでコーヒーでもいかがです?」

「おお! 助かる! 飲みます!」


 刹那がそう笑ってみせると、少年は安堵したように嬉しそうに笑うのだった。



 ―――



「――お待たせ。それにしても本当に明陽学園までで良いのかい? ……確か今日が終業式って聞いた気がするし、閉まっていると思うんだけど」


 仕事の引き継ぎを済ませ、私服に着替えた刹那が腕時計を確認しふと思い出した疑問を投げかけると、コーヒーを飲みほした少年は口を大きく開けたまま、細い目を見開いた。


「マジやん……!」


 まるでこの世の終わりを目の当たりにしたように落ち込む少年を前に、刹那は“気付いてなかったのか”と思わず頭を抱えた。


「何か事情がありそうだね……。僕で力になれることがあるなら、協力するけど」


 居た堪れなくなった刹那が項垂れる背中に手を添えると、少年は途端に笑顔を取り戻した。

 ……かと思えば、何かを思い出したようで再び肩を落としため息を落とす。


「おにーさん優しいッスね。オレ……いつもこうなんスよ。詰めが甘いっていうか。はあ。こんなんだから愛想尽かされるんスよね……女に……」


 “これからどうしたらいいんだろう”と少年は力なく肩を落としている。

 そういわれたところで、こちらだって状況は同じ。“それはこちらのセリフだよ”とは口が裂けても言えない刹那は、厄介払いを兼ねて取り合えず來葉堂に向かい歩き始めたのだった。


「――オレ、チビの頃から幼馴染の男と女の子と三人で……何するのも三人一緒だったんスよ。でも、いつの間にかオレ、幼馴染の女の子を好きになっちゃって……でも、その子はもう一人の幼馴染の方が好きみたいで」


 來葉堂へ向かう道中、少年はぽつりぽつりと自身の身の上を刹那に打ち明け始める。

 雑踏にまぎれ消えてしまいそうな少年の小さな声に懸命に耳を傾けながら、刹那は“何故自分がその話を聞く流れになったのか”と言いかけた疑問を呑み込んだ。


「口にはしないけど、あいつも……幼馴染の男の方も好きなんだと思うんス。……でも、何考えてんのかあいつは地元から離れて一人こっちの学校に通い始めた。わざわざオレや幼馴染の女の子から離れて――」

「……君が明陽学園に行きたかった理由って、その男の子……幼馴染に会う為?」


 刹那が問い掛けてみると、少年は力なく頷く。

 少年の心の中では消化しきっていない感情が色々と存在しているのだろう、迷いを振り払う様に頭をかくと、ため息をついた。


「……情けない話だけど。オレ、ぶっちゃけあいつが地元出た時、チャンスだって思ったんス。これで邪魔者がいなくなった、好きな子がこっち向いてくれるって……」

「ぶっちゃけたね」

「で、頑張ったんスけど……愛想尽かされちゃいました。“この無神経!”って……何か知らない間に話がトントン進んで、引きとめる間もなく幼馴染の女の子がそいつのとこに行っちゃったんスよ……へへ、何かお兄さん話しやすいっスね。俺の幼馴染に似た感じ?」

「そ、そう……」


 とぼとぼと後をついて来る少年の身の上話……というか色恋話を聞かされている間に、二人は來葉堂の大きな扉の前まで辿り着いていた。

 少年は顔をあげると、辺りを見回し不思議そうに刹那を見つめた。


「ほえ……きったねー小屋ッスね、人の住みかっスか?」

「君は羨ましいほどに正直だね。……ここは知り合いのお店でね、立ち話もなんだからとりあえず来てみたんだ」


 刹那は立てつけの悪い扉に手を掛け、体重を預ける。

 扉に取り付けられたベルが二人を出迎えたのだった。



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